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それほど広くないエレベーターの中、僕は扉のそばに立ち、背後に実夏が立っていた。
同じ塾に通っているということは母から聞いていた。
この塾は、塾内模試で振り分けられるクラスがあり、頂点に位置するのがSコース、そこからレベルごとにAコース、Bコース、Cコースとある。
実夏はSコースで、僕はBコースだった。授業もかぶることはなかった。だから同じ塾でも話す機会もなかった。
何か話すかなと思いつつも、何も思いつかないままエレベーターは一階に着いた。
僕がしばらくの間、「開」ボタンを押したまま降りずにいると、実夏はスッと横を抜けていった。ゆるい風が吹いたような気がした。それは実夏の長い髪が揺れていたからそう感じただけかもしれない。
僕も実夏も帰るためには、駅へと向かって歩くしかない。
少し先を歩く実夏は、あまり歩くのが速くなくて、僕は抜いてしまうかちょっと悩み、どうするかなと思っていると、実夏が突然振り向いた。
大きな瞳が僕を捉える。
「時間ある?」
ふいのことで少し戸惑ったが僕はただ頷いた。正直言えば、家に帰ってゲームでもしていたかったのだけど、実夏の意志の強そうな大きな瞳が僕に「頷く」以外の選択肢をくれなかった。
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