12人が本棚に入れています
本棚に追加
*
夏とはいえ、もう辺りは真っ暗だった。
僕は自転車ではペダルを漕ぐことができない坂道までやってきて、途中で降りて自転車を押した。
こうまでして坂を登って、そこに実夏がいなかったら、この汗は何の意味があるんだろう。そんなことを思いながら、噴き出してくる汗を拭って長い坂を登り切る。
五差路の道を間違わないように気をつけて歩くと、小高い丘を成した公園があった。
公園の入り口に自転車を止める。
アスファルトの舗道に沿って、更に公園の中を登っていく。低学年の頃にカブトムシを取った茂みを横目に「ここは変わらないんだな」と独り言を呟く。
登り切った場所は、展望台からも少し離れた場所で、何のモニュメントもなく、ベンチすらない。ただの丘だ。
でも、この場所こそが、この町でいちばん標高が高い場所だ。それを教えたのがあの小六の夏だった。まだ覚えていたのか、あいつはこの丘にいた。
「実夏」
町を見下ろしていたその後ろ姿に僕は声をかけた。
ゆっくりと振り返った実夏の大きな瞳が僕を捉えた。
「佑」
実夏が僕の名を呼ぶ。
「塾をサボったって聞いた。オマエの母親経由でウチの母親から」
「母親ネットワークは怖いなぁ」
実夏は苦笑した。
「『またなんか二人で考えてない?』とか言われちゃってさ。いやマジで知らねーし、って思ったときにハッと思い出した。この場所っていうよりは三年前のこと」
「……小六のとき、佑がバスケの試合で退場して負けたときのこと?」
意地悪そうな笑みを浮かべながら実夏が言った。僕は、首を横に振る。
「小六のとき、実夏ん家がやばかったときのことだよ」
僕がそう言い返すと実夏は頷いた。
小六の夏、僕たちはそれぞれの理由で、二人で家出しようとしたことがあった。目の前で起きた出来事を受け止められず、僕たちはこの町を抜け出そうとした。
最初のコメントを投稿しよう!