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全てが本心というわけではない。下を向いていたらダメなんてよく他人に言えたものだ。これじゃまるで、自分で自分を諭しているようなもの…………。
いや、そうか。その通りだ。
海紀の想いを伝えようとして、結果どうやら俺は俺自身にも言い聞かせている。アイツが悔いる対象は目の前の女性だけじゃない。
俺も、少しずつ、この固まった首を動かし始める時が来たんだ。
「アイツは、言ってました。助けられて育った子は他人を助ける大人になる。あの子の親が貴女で良かった。
きっとあの子は、立派な大人になります。大事に育ててください。それが、海紀にとって一番嬉しいことだし、俺もそれを望みます」
言葉を出し切ることに注力していた俺は、言い終わってようやく目線を上げた。
女性は、少し驚いたような表情だった。
見開いた目から、無言で、無音で流れるそれが頬を伝い地面に落ちる。日中に熱せられたコンクリートでさえ、跡が残る程に。
「…………ありがとう」
正直、俺はそれを滅多に流すことはないし、何なら海紀が死んだ時でさえそうだ。
ただこの瞬間は、少しだけ堪えた。彼女の掠れる「ありがとう」は、目頭を熱くさせた。彼女の痛みが、苦しみが少なからず分かるからこそ、心に響く。
不意に見上げた空は、青黄色く、清々しい。
「必ず、立派に育てるわ。海紀さんが笑ってくれるように」
彼女はそう呟き、微笑んだ。俺はまた視界を上にずらす。俺の言葉の何%が彼女の心に届いたのかは分からない。
それでも、ほんの僅かでも気持ちが軽くなったのであれば、振り絞った意味はあった。
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