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生えるように視界の右下に現れる海紀を空のペットボトルで小突く。
勿論、そのボトルが音を立てることはないし、そんなこともう分かってる。でも、『当たらない』こと以外は変わらない。
痛っ、と反射で出す声も、目を瞑る仕草も、痛くねえだろとツッコむ俺自身も。
帰り道で漕ぐ自転車のペダルは、昼間に比べると些か軽く思えた。
体力的にはかなり消耗しているはずなのに、カゴに入れたペットボトルが弾む程度には前に進む。
いや、空だからと言われればそれまでなんだけど、ほんの僅かに勾配がある——多分一%くらいだが——ことと海紀が乗っていること
——質量はゼロだが——を考慮すると、あながち間違いではないだろう。
「あの線香、本当に良い匂いだったね」
まだ言ってんのかとツッコむ前に何故かそれが腹の辺りから聞こえた気がして下を向くと、頭半分の海紀がコチラを覗き込んでいる。
いやそれホラーだからやめろし。
というかその体勢絶対キツいだろ。
てか、振る舞いが幽霊慣れし始めたヤツのそれなんだよ。
「……お前そんなに食にがめつい感じだったっけ?」
「はあー、分かってないなあ。この味覚と嗅覚が閉ざされた私の気持ち、ちょっとは考えてくれる?」
「何だかなあ……もしかしたら俺もいつかそうなるのかと思うと、ちょっと憂鬱になるわ」
「いやあんたのことはどうでもいいのよ」
「おまっ……ちなみに、この距離ではどうなんだ?」
「いや流石にここまで来ると分からないなあ。でもあの匂いはきっと忘れない」
なるほど。昼間の話通り、どうやら線香の煙は特別だが離れると匂わないらしい。
けれど、距離が離れると匂わないってことは、やはり迎え火とは少し違うのか。
実家の線香だからなのか、あの墓参り自体が一種の儀式みたいな感じなのか、それとも『こっち』に来たばかりだと嗅覚が超敏感なのか……まあ考察したところで今の情報量では答えは出ないな。
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