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プロローグ 〜8月13日〜
アイツが死んでから、もうすぐ一年になる。
八月の蝉も、滝登る入道雲も、眩し過ぎる晴天も、全てが虚しく身体に浸みる。夏に心を動かされていた一年前に戻りたい。
アイツがまだ生きていた、一年前に。
もし戻れたなら、何からやり直すだろう?
…………案外やり直したいことは少ないかもしれない。むしろ一つだけ……いや二つか?でも、一日一日をもっと大事に過ごすことは間違いないだろう。
当たり前の日常というものは、失って初めてその価値が分かるものだと今更知った。
世間一般——俺の周り——では、異性の幼馴染ってのは羨む最高峰の存在らしい。そう言われるたびに「案外そうでもねえよ?」と返してきた。
でも、どうやら間違っていたのは俺の方だ。幼馴染が居ない世界線に投げ出されてからというもの、これほど日常がつまらないなんて。
偶に、本当にごく偶に、アイツが夢に出てくる。場面はいつも同じ……アイツが死ぬ前日、最後に会話した放課後の教室。脳があの瞬間に取り憑かれているのだろう。もしかすると、俺が死ぬときも走馬灯はあの瞬間かもしれない。
「海紀、カイくんが来てくれたよ」
叔母さんの一言で我に返る。目の前にあるのは、まだ水垢や黒ずみも無く光沢を放つ真新しい墓石。その墓石に、手桶の水を柄杓ですくい、打水をする。
炎天下に香るこの水の匂いは、陸上競技場のスプリンクラーを思い出させる。
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