*18 再びの逢瀬(前編)

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*18 再びの逢瀬(前編)

 結局その時は市役所裏の休憩所で想いを確かめ合うだけで終わった。手を振りあってそれぞれの持ち場に戻ったのだけれど、ほんの小一時間前とは全く足取りが違って、我ながら苦笑してしまう。  店に戻るとお客さんが何組か来ていたのですぐに接客に入ったこともあって、みのりから何か詮索を受けることはなかった。なかったけれど、何か言いたげな目線を投げられていた気がするが黙殺していた。  バタバタと夕方のラッシュに入って、夏季限定のゼリーや贈答品が出たりなどしている内に、気が付けば閉店時間だ。 「はー……今日は忙しかったなぁ」 「そうだよ、あたしひとりでやってたんだからね、お兄ちゃん全然帰ってこないし」 「お前が休憩行ってこいって言ったんじゃんよ」 「だからって一時間近くもデートしてくるなんて思わないじゃん」 「デートって……! 何言ってんだお前!」 「あれ? 違うの?」 「違うって言うか……」  ここできちんと違うと言えればいいのだろうけれど、忙しくなってしまった店をみのり一人に任せきりにした後ろめたさもあって口籠ってしまう。  しかし勘が良いみのりはその点にすぐに気付き、にやりと笑いかけてくる。 「じゃあ、何してきたの?」 「……別に、ヘンなことは……」 「でも照れちゃうようなことはしたんだ?」 「……うるせぇな」  もうこれ以上つつかれたら言わなくていいことまで白状してしまいそうで、俺はエプロンを外しながら自宅に上がっていこうとした。  その時にふと、ポケットに入れていたスマホにメッセージが届いていたのに気づき、開いてみる。  ――熊井さんからだった。店が終わったら連絡をくれと書いてある。 「夜デート?」 「……ほっとけよ」  画面を覗かれやしないかと思って慌ててポケットにスマホを押し込んでいると、「よかったね」と、みのりが言った。その目は自分のことのようにほころんで嬉しそうに俺を見ている。  正直なところ言うと、みのりが俺の恋愛事情にあれこれお節介をかけるのは、面白がっているだけなんだと思っていた。巷で流行りのBLマンガとかドラマとかのつもりで追いかけているんだ、とも。だから内心、鬱陶(うっとう)しく思ってもいた節もなくはない。  でもそれは、俺の偏見だということに気づかされた。みのりは、心から俺を心配して、応援してくれているのだ。  もちろんお互いに完全に理解し合えているとは思えないし、またどこかで苛立つこともあるだろう。だけど今は素直に、みのりの言葉を受け取ろうと思う。 「サンキューな」 「これから出かけるの?」 「あー、うん……まあ……」 「いいよ、お父さんたちには上手いこと言っといてあげるから、早く行きなよ。待ってるんでしょ、熊井さん」  そう言うが早いか、みのりは俺の手からエプロン諸々の仕事着を奪うように受け取り、そして背中を文字通り押してきた。  一~二歩よろけながら俺が表に出ると、みのりは手を振って送り出して外裏口のドアを閉める。突然に自由になってしまった俺は、まだ少しくすぐったい気分を抱えながらも、足取り軽く夜の通りを歩き始めた。  ポケットから再びスマホを取り出し、アプリを立ち上げて返信を送る。  数分としないうちに更に返信が来て、俺は自分でも口許が緩んでいるのがわかる。 『日井駅のコンビニ前で待っている』  たったそれだけの文章がこんなにも特別に思えるなんて。弾むように歩きながら、俺は彼が待つところへと歩いて行った。
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