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*2 サブレとジャムとよろこびと(前編)
洋菓子店・レーヴの開店は朝の十時からだが、その準備は朝の七時ごろから始まる。
だからその前の六時ごろに起きて、軽くランニングと筋トレをして、シャワーを浴びて朝食を取ってから仕事着を身にまとい厨房へ向かう。
「おはようございますー、正明製粉ですー」
「あ、おはようございます。それ、受け取っちゃいますね」
開店直前に数日分の小麦粉が届く朝は、俺がそのまま受け取ってしまう。業者さんは台車に積んでくるんだけれど、俺は筋トレを兼ねて両脇に一袋ずつ抱えていく。いちいち台車を出すより手っ取り早いのもある。
「はー……勝輝さん、すっげぇ怪力っすねぇ」
「っはは、怪力ってほどじゃないっすよ。しょっちゅう持ち上げてたら慣れちゃっただけですって」
「いや俺も毎日粉運んでるんですけどね」
苦笑する業者さんの言葉に、そりゃそうだなと、俺も納得するように笑う。
ケーキ職人になったばかりだった頃はいまより若かった父さんと二人がかりで粉を運んでいたけれど、この十年毎日のように粉袋を抱えて持ち上げたりなんだりしていたら自然となんなくできるようになっていたのだ。
粉をはじめとする製菓の材料を運び入れ、いよいよ今日のケーキ作りを始める。
最近でこそ俺が中心で動くことがあるけれど、それでもまだ店主である父さんが仕切ることが多いし、その方がスムーズに運ぶような気もする。
父さんがいる時は、俺は主に生地作りと焼きの担当をして、デコレーションは父さんに任せる。歳をとったとか腰がつらいとか言いつつも、父さんのデコレーション技術はまだまだ全然衰える気配はない。
「ショートケーキと、シュークリームと……あと、ベイクドチーズケーキ、っと」
誕生日ケーキとか、持ち帰り時間が決まっている商品から造り出していって、それからガラスケースに並べていく。
シュークリームはシュー生地の膨らみ具合で今日の調子がわかる気がする。
ベイクドチーズケーキをオーブンに入れている間に、父さんから声がかかる。
「おーい勝輝、こっちも頼む」
「ほーい」
「お前、またそんないっぺんに運んで……落とすなよ」
「わかってるよ」
体幹を鍛えてバランス感覚を養うのも兼ねて、両手にデコレーションされたケーキを載せた銀色のトレイを持って店に向かう。ケーキを載せたトレイは案外重いのでついでに腕の筋肉が結構鍛えられる。
ケースに並べつつ、外の様子を見る。朝方であるのもあるが、通りは静かだ。
レーヴは商店街の中心の少し外れたところにあって、まあまあ人通りのある立地だ。それでも、最近は俺が子どもの頃のような活気がないように思える。
レーヴがというよりも、商店街そのものがそうなのかもしれない。ここ数年、シャッターを下ろしているような店舗も増えたし、顔見知りの店が閉じてしまうということも少なくはないからだ。
流行りのお菓子をテレビなんかで見かければチャレンジしなくはないんだけれど、最近は流行り廃りのサイクルが早いせいか、こちらがちゃんと作れるようになる頃には次のものに興味が移ってしまっていたりしてなかなか難しい。
昼までの間は接客よりも商品づくりの方が忙しいせいもあって、作業に没頭しつつもそんなことを考えがちだ。
何かもっと楽しくなるようなことしたいよな……なんて、惰性でケーキ職人にならざるをえなかったくせに、そんなことを一端に思ったりする。伊達に十年経ていないということだろうか。
(ゆー伯父さんがいたら、また何か違ったのかな……)
そういう時、どうしてもそこに考えが行きついてしまう。伯父がいたところで商店街の衰退がないものにできたとは思えないけれど、それでも、何かが違ったのかな、なんて夢を見てしまう。どれも“もしも”でしかないのに。
「じゃあ、休憩行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
昼過ぎ、父さんと母さんと三人交代で休憩に入る。
休憩するときは自宅に戻って用意されている食事とか、商店街で買ってきた弁当とかを食べてから昼寝もする。ケーキを作るのはなかなかに体力がいるからだ。休憩で昼寝までできるのは自宅兼店舗の利点だろう。
昼食を時々外の蕎麦屋とかで食べるときあって、そういう時は八百屋の店先の果物見たり、コンビニのスイーツ見たりとか買ったりとかして研究みたいなことも一応する。
何かのゲームが火付け役だったかで流行ったんだったかと思うんだけれど、フランス菓子のマカロンというのがある。それなんかがいい例で、あまりに店にないのかって問い合わせがあるから、慌てて他の店を見て回って試作して……ということもあるからだ。
マカロンは手間がかかるので毎日は作らないが、みのりが作るというので彼女が店に出る時は作ってもらって並べている。
「へえ、シャインマスカットかぁ」
今日は数軒先のラーメン屋で昼にしたので八百屋に寄り、最近やたらと流行っている果物が目に付いて、それを買ってみた。デコレーションケーキなんかに使うと映えるとよく聞く。
新しいケーキを考えるのも、若手と呼ばれる俺の仕事でもあるので、時々こうして使えそうだなと思うものを購入したりしている。
みずみずしい果物を抱えて帰り、厨房の父さんに新作のケーキのどうだと話しながら、ふと、熊井さんがいつもベイクドチーズケーキを買って行くのが気にかかった。
ウチの店は古くて小さいけれど、こうしてそれなりにささやかに流行りのものを取り入れたりしている。それでなくとも、果物を使ったデコレーションケーキもいくつか取り扱っている。
それなのに、彼はいつもベイクドチーズケーキを二つ、なのだ。
デコレーションケーキは見た目が可愛らしいから恥ずかしいんだろうか? などと安易に思いつつも、それならばそもそもケーキ屋に来ること自体恥ずかしいんじゃないか? とも思えて、やはりよくわからない。
「なあ、父さん」
「うん?」
「デコレーションケーキってのはさ、やっぱ女子ども向けなワケ?」
「俺はそう思って作ってはいないけどなぁ……お客さんがどう思ってるかによるんじゃないか?」
まあ、ケーキとか食べ物はそういうもんだよな……別に性別とか年齢によって対象が別れなきゃいけないものでもないのだから。
「なんだお前、いまさらそんなこと考えながら作ってるのか?」なんて父さんが呆れながら言っていたけれど、俺はそれにうなずくでもなく適当に苦笑して、午後の仕事に取り掛かり始めた。そうだよな、いまさらな話だよな、と。
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