*4 彼が求めているもの、俺が重ねるもの(前編)

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*4 彼が求めているもの、俺が重ねるもの(前編)

 歓楽街にあるラブホの一室に入り、俺らはそれぞれ持っていたバッグなどをソファに置く。駅前で会ってから、まだひと言も言葉を交わしていない。  お互いが同性愛者で、それもアプリを使用して一夜限りの出逢いを捜していたなんて思いもよらないから、なんて会話を切り出していいのかわからない。  俺はそれ以上に、今日マッチングを利用したそもそもの要因である本人と遇ってしまったことの方が何よりも気まずかった。  じっとりとした沈黙が密室空間に満ちていく。気まずさのピークだ。 「……どう、します?」  沈黙に耐えかねて俺がおずおずと訊ねると、熊井さんはハッと顔を上げて俺の方を見てきた。いつもケーキを選ぶときにするように、手をあごの下に宛がいながら。 「どう、って?」 「えーっと、こういうのって、お互い、マズいじゃないですか……だから、その……」  考えてみたのだけれど、たぶんきっと熊井さんも俺のように誰にもこういうことしているとは言っていないと思うから、今日見聞きしたこと、そもそも遇ってしまったことを黙っておくつもりでいた。  だから、こういう場所に入ったけれど、何もせず、なにもなかったように出て行ってそしてサヨナラしようかと思ったのだ。きっとその方が、お互いに無難に都合がいいだろうから。  そんな旨を込めて言葉を選びながら話そうとしていたら、ゆっくりと熊井さんが俺の方に歩み寄ってきた。 「僕は、べつにマズいとは思っていないよ」 「……え?」 「君のことは誰にも話すつもりはないし、君だって話さないだろうと思っている」 「や、そうだったとしても、あの……」  俺が何か言い訳しようと口を開きかけたのを、熊井さんは抱きしめながらキスで塞いできた。俺は筋肉もありつつ身長が一七〇センチそこそこで、熊井さんは細身だけれどもう少し高めなこともあって、上から覆い被されるように塞がれた。  見た目を裏切る食らいつかれるような突然の激しいキスは、俺の貧弱な逃げたい気持ちをあっさりと呑み込んでいく。  口中を犯されるように舌が絡まり、濡れた音が口元からこぼれる。呼吸さえままならない激しさに俺は意識がぼんやりし始めていた。 「く、熊井さ……?」 「ひとつ、僕のお願いを聞いてくれないか」 「……お願い?」 「――いまから君を、“(れん)”として抱く。だから、そのつもりで抱かれてくれ」  思ってもいなかった展開についていけないままぼんやりうなずいてしまった俺を、熊井さんは再び口付けながらベッドへと組み敷いていく。  Tシャツの裾からためらうことなく手を突っ込み、胸元を愛撫し、口付けはやがて耳元へと降りていった。シーツの波間に縫い付けられた俺は、熊井さんの思っていたよりも熱い舌先を受け止める。 「ん、っふぅ! っは、あ」  めくりあげられて露わになった胸元に、熊井さんが口付けながら舌を這わせ、指先で胸元の飾りをいじる。このところ仕事ばかりで構っていなかった身体は、予想もしていなかった展開とその愛撫にたちまちにほだされていく。それでなくとも、俺の肌はもともと過敏に刺激に反応してしまう方なのだ。  愛撫と口付けの狭間に、手際よく俺は一枚ずつ服をはがされていて、気付けばひとりベッドの上で何も身にまとわない姿にされていた。 「――蓮……」  熊井さんが、俺を呼ぶ。俺じゃない誰かに俺を重ねて。  自分の名前ではないのに、あまりに甘くやさしく囁いてくるものだから、その声に(からだ)が反応してしまう。勃起した俺の躰に、口元から徐々に舌先で愛撫しながら下っていっていた熊井さんが食らいつく。そしてすぐに下品な音を立てて愛撫を始めた。 「あ! はぁ! あぁ!」  こういう場所だから、なりふり構わず声をあげればいいのに、初めて来たわけでもないのに、何故だか無性に恥ずかしくて仕方ない。密室に響く声も、自分の肌が零す音も、すべてが俺の羞恥心をあおっていく。  二十八にもなるから、セックス自体だってそんなに初心者なわけではない。なのに……なんで今日はこんなに、ドキドキして恥ずかしいんだろうか。まだ、ただ愛撫されているだけなのに。  アプリで待ち合わせてこういう場所に来ることが今日の目的だから、いちいちお互いに了解は取らないし、俺が“準備”しているかどうかの確認なんかもしない。つまずくことのない行為は、流れるようにスムーズで、ただただ心地よい。快楽に身を委ねていればいいのだから。  身体の隅々まで丁寧に愛撫されて、一度軽く射精もした辺りで一度熊井さんはそっと身体を離し、そしてバッグの中からローションとゴムを取り出した。
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