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*4 彼が求めているもの、俺が重ねるもの(後編)
「……つけてあげます」
一方的にされてばっかりなのが癪に触って、愛撫で息も絶え絶えなのに俺は身を起こして熊井さんの手からゴムを奪うように取った。それから封を切って口に宛がい、口淫するように熊井さんの躰を咥えこむ。
躰、熱い――俺ばかりが彼を感じているのかと思っていたけれど、そうでもないようだとわかって少しだけ嬉しくなる。
口でゴムを装着してやると、熊井さんは俺の頭を撫でてくれた。慈しむというのがぴったりな表情をして、そっとピアスをしている耳元に口付けもして。
そうしてまた俺は組敷かれ、いよいよ俺のナカに猛る彼が挿入された。
「ッあ、はぁ……っは、ン……」
「……気持ちいいよ……」
「……ん、あぁッ」
「もっと奥がいいんだね?」
「あ、んぅ!」
俺を抱きしめながら深いところまで貫いてくれる熊井さんの躰は、愛撫だけでとろかされた身体には強烈すぎるほど熱く心地よかった。
いままで何人かとセックスをしてきたけれど、ここまで気持ち良くなるのは滅多にない。無意識のうちに自ら腰を振って押し付けるほどに求めるなんて。
これもやっぱり、自分の憧れというか、好みのタイプの相手に抱かれるという好条件がそろっているからこそ得られる快感なんだろうか……そうも考えていた。
(――もし、ゆー伯父さんと……こんなこと、シてたら……こんな、気持ちかったのか、な……)
ふと、可能性が限りなくゼロに近い妄想が過ぎって、身体のナカがキュンとする。目を瞑り、重ねる肌の感触を実際よりも経年のものだと差し引いても、それはなかなかにリアルな快感を呼んだ。
もう絶対に叶うことのない疑似行為を思い描きながらそれに耽るのは、かなりの背徳感を伴って、一層の俺の欲情を焚きつける。
ちょっと萎んだ気持ちを晴らせるために臨んだ今日であったけれど、もう充分に満たされていると言ってもいい気が――
「っあぁ、あ、イク、あぁ……!」
「ああ、蓮……僕もだよ……!」
蓮――その名前を聞いた瞬間に、俺は絶頂を迎えて射精をしていた。快感はそれなりに全身を駆け抜けて気持ち良かった。
でも……ほとんど同時に俺のナカにゴム越しに放たれた白濁は、俺を感じてのそれでないことは明らかだ。熊井さんは、俺に俺ではない誰かを重ねながら俺を抱き、そして、絶頂を迎えたんだから。
まれにみる快感を伴うセックスだったはずなのに、彼のたった一言で俺の気分は氷のように冷えたものになった。
べつに、俺と彼は何か互いを拘束するような権利を持っているわけじゃない。言ってしまえばただ今夜ひと時を共に過ごすことを目的にしているだけの相手同士だ。恋人なんかじゃない。
だけどただ彼が俺の想い人だった人に――伯父に少し姿かたちが似ているというだけなのに、彼が俺じゃない名前を口にしながら快感を得ているのがたまらなく悔しかった。
こういうのも、嫉妬というものに含んでいいんだろうか……呼吸も整わない状態で、覆い被さってくる熊井さんの身体の重みを感じながら、俺はぼんやり考えていた。
「大丈夫? 痛くない?」
「……平気です」
ぼんやりしている俺の顔を、熊井さんが少し心配そうにのぞき込んでくる。見上げたその顔は、やっぱり同じように俺が無茶をしたら心配していた時の伯父の顔によく似ている。
(……ああ、俺だって、熊井さんのことどうこう言えないよな……)
目を閉じて彼を感じつつもそれはかつての想い人であれと念じるようにしていたのは、きっと俺と熊井さんとでは大差はないのだろうから。
気怠さと一握りの罪悪感を覚えながら、俺はシャワーを浴びに行った。
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