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しばらく山道を歩いていると、褐色に褪せた鳥居らしきものに行き遇う。
「鳥居だ…」
イラクサや雑草の類いが生い茂る道なき道を踏み入ると、奥に社が見えた。
破れた社の扉は半ば朽ち落ち、人の手が入った痕跡はない。
この様子では、参拝客も絶えて久しいようだ。
周囲に獣や鳥の啼き声はおろか、気配すら感じられないということは、完全に廃された神社なのだろう。薄暗く、かなり不気味だ。
そういえば確か、祖母の家の近所にも神社があったような気がする。
たしか右側の足が欠けていて、片足鳥居と呼ばれていた。
決してくぐってはならないと禁じられた場所だったが、いま既遅し。
おそらくこれが件の鳥居だろう。
たかだか一足、これくらいならきっと問題はあるまい。
かつて片足鳥居に近付いてはいけないと教えられて返事をした記憶はあるが、何処の何某と話をしたかまでは残念なことに忘却の彼方だが……その頃も多少褪せてはいたが、鳥居は赤く塗られて参道も整備されていた…事だけは僅かに憶えている。
草に埋もれたこの鳥居が記憶の神社なのであれば、祖母の家が近くにあるハズだ。
もう誰も住んでいないけれど、今の自分にとっては重要かつ唯一の拠点である。
「日が暮れる前に、先を急ぐか…」
鬱蒼とする原始林を文字通り手探りで進み続けてどれくらいの時間が経ったのだろう。日が傾きかけている。
樹の年輪から方角を読み取りながら峠を越えて行くと、不意に視界が拓けた。
「わ…っ」
なだらかな山肌に拓かれた雑草が生い茂る田畑、そして幼い記憶と一切変わりない水車小屋の佇まい。
おそらく老朽化しているであろう、白壁の懐かしの民家、祖母の家が目の前にあった。
「…昔のままだ、なにもかも…」
土間の玄関から進み、床を踏み抜かないよう注意しながら屋内を見渡す。
「それに、廃屋のわりには随分と綺麗だな…」
自分が此所に来るまでの間、まるで誰かが使っていたように室内は整っていた。
埃は少なく、よく観察すれば床は綺麗に磨かれて飴色に艶がかっている。
掃除の行き届いた室内に、おそらく替えられて日の浅い畳。
廃屋の畳ならば朽ちていても然るべきだというに、これは可笑しい。
もしかしたら…なんてとんでもない。
間違いなく、此所には『なにか』が息づいている。
ここに住まう者は随分と痕跡を巧く薄かしているけれど、残念ながら臭気というものを完全に消すことはできない。
なぜなら、読み取る側が人外であれば僅かな髪の一筋、または靴の臭いからもある程度の解析はできてしまうのだから。
「そうか……人が、いるのか…」
そう理解が追いつくと同時に、一気に今まで矯めていた希望が怒りに変化していく。
「こうなったら、意地でも此所に住みついてやる。真っ向から戦ってやろうじゃないか」
最悪、流血沙汰になってもいい。
場所を奪還した後に噛み殺せば、問題ないだろう。都合のよいことに、ここには滅多に人が来ないし、見つかる率も低い。
「ああやめやめ、考えたら更におなか空いた…」
背負ってきたリュックを降ろし、カンパンを取り出す。多少味気ないが、何もないよりはマシだろう。
1つつまんで、噛み砕く。
微かな甘味と、水分を奪われる粉っぽさに噎せないように気を付けながら2つ目を取りだそうとしたその瞬間、微かな足音を拾った。
「!?」
足音を察知した途端、耳が狼の立ち耳に変化する。
狼に変化した私は歯噛みを抑えて天井の梁に身を潜め、相手の到来を待った。
(早く来い。戸を開けたが最後…。血祭りにあげてやる!)
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