0:08 セミダブル

1/2
160人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ

0:08 セミダブル

 はがゆい——って、どういう意味だっけ。  火照った身体を組み敷く男の唇は、先ほど確かにそう動いていた。艶やかなその唇が薄い隙間を作っているのを見つめ、ひとつ瞬きをした。 「……ん、なに?」  聴き取れなかった訳ではなく、たとえもう一度放たれても意味を汲み取れる自信など欠片もないのに、訊ねてみる。  アルコールが湿らせた瞳に、彼の表情は歪んで映った。 「松凛(まつり)は、いつも歯痒いんだよ」  いや、本当に歪んでいるのかも。  寝具に置かれた彼の手が、深く沈んでいくのが横目に見える。  せめて枕が欲しいな、と血が上っていく脳天で巡らせながら再び歪んだ彼を見据える。そして確信した。  他の何が変わろうと、私を映すその瞳だけは変わらないのだ、と。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!