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「恋人という事実が受け入れられるように、今からでもじっくりその体に刻んで差し上げましょうか?」
「ゲホッ…アンリ様!それは、それはお茶会のマナーとしてアリな会話なんですか!?」
「さあ、私はあまり気にしませんからね」
「気にしましょう!?王妃様の御前ですよ気にしましょう!?」
レネ様が爆弾を投下しないタイプでよかった。常識人でよかった。そう茉莉恵がほっとした時…
「まさかマリエも受け入れてくれていないのか?やはり口付けだけでは伝わりきらないのか…」
茉莉恵は5秒前の自分の思いをあっさり否定した。アンリが計算された爆弾魔なら、レネはある意味地雷。どこにあるのかわからない恐怖。
「ふふふ、この二人を翻弄できる女性はそういないでしょうからね。わたくしとてもいいものを見せていただきましたわ」
王妃が少女漫画の甘酸っぱいページを見たかのような目で自分たちを見る。いたたまれない。
「ですが二人とも、レネとアンリを恋人にするのは、少々大変ですよ。当面はお付きあいは伏せておいた方がよいのではなくて?」
「それはどういうことでしょう?」
杏奈は隣の茉莉恵にコソっと「社交界で人気が高いから恨まれるとか?推しの独占禁止法とか?平民ダメ絶対貴族とか?」と囁く。しかし理由はもう少し重たいものらしく。
「そうですね。そこは我々も慎重にしないといけませんね」
「詳しい理由はあとで説明するが、端的に言うと私たち、ひいては王家を転覆させるためにマリエたちが利用される可能性もあるということだ」
「マリエ、アンナ。これは建国神話から繋がる王家の、そして王家に仕える家の未解決問題なのです。怖い話になってしまいごめんなさいね。でも彼らの家に嫁ぐというのはそういうことなの」
物騒な話ではあるものの、建国神話ともなれば古い伝説みたいなもののはず。あまりの時間のスケールにピンとこない。それよりも“嫁ぐ”というワードの方が身近で鼓動が勝手に早くなった。でも平民の自分たちが伯爵家、しかも未来の侯爵家に嫁ぐのは養子縁組でもしない限り難しいのでは?そう考えると悲しくなってくるが。
「さあ、難しい話はレネとアンリに後程まかせましょう。薔薇園で採れた薔薇から作ったローズティーはいかが?とても香りがいいのよ」
「いただきます!」
「そう言えばお二人は今後どうなさるの?」
メイドがお茶を入れ替えてくれている間、まさに朝茉莉恵たちが悩んでいた話題を王妃が聞いてくる。
「私たちも迷っているんです。手に職はないこともないので、街で暮らしていくこともできなくないと思います。いつまでもこちらでお世話になってるわけにもいかないので」
「それはやめた方がいいですよ。あなた達の力はちょっと特殊ですからね。悪用されたら大変なことになりますから」
仮に杏奈が「死ね」と刺繍したら、どうなることか…即死はしないまでも、じわじわ…ということはあるかもしれない。茉莉恵の精霊にしても、敵に渡れば防御力の高い防具ができてしまう可能性もある…
ここで王妃が何か妙案でもあるのか、薔薇のようにパッと明るい顔でとんでもないことを言ってきた。
「そうだ、花嫁修業なさらない?今は伏せていても、いつか婚約発表はなさるでしょ?お二人とお話してると教養も作法も、この国の一般的な庶民のレベルよりは高いようにお見受けしますわ。だからあとはダンスですとか、この国のお勉強をなさるのはどうかしら?」
「はなよめ」
「しゅぎょう」
途端に二人の顔が赤くなる。
「いいですねそれ。さすが王妃殿下」
「大変だとは思うが、どのみち身に着けてもらうことになるしな」
男二人も乗り気だ。
「あの、それはつまり、もう結婚が前提ということですよね」
「そうだが…マリエはそうではないのか!?」
「いえ、そうじゃなくてですね…はう…だって」
王妃はそこで何か気づいたのか、上品に口元に手をあて「わたくしったら」と言った。
「ごめんなさい!もしかしてわたくし、プロポーズの機会を奪ってしまったかしら?」
それを聞いたレネが、何を勘違いしたかさっとその場に膝をついて…その先はさせてはいけない気がした茉莉恵は咄嗟にストップをかける。
「レネ様も膝をつかないで下さい!お願いしますからこれ以上は公開処刑にしないでくださいぃ…」
恥ずかしさのあまりテーブルに突っ伏してしまった茉莉恵。レネが緊急公開プロポーズを断念し立ったのがせめてもの救い。
「わたくしったらつい舞い上がってしまって…お恥ずかしいわ。でも本当に花嫁修業としてどこかの家と養子縁組をして、備えておくのはよろしいかと思いますわ」
「それでしたら…レネ」
「そうだな、両親に相談してみよう」
「まあ、それが一番よいですわ!」
話が見えないながらも、茉莉恵は心臓を強化しといた方がいい気がした。
「どういうことですか?」
杏奈はあっさりと踏み込んでしまう。
「つまり私はマリエさんの、レネはアンナの兄になるということですね」
もしかしたら二人は一瞬心臓が止まったかもしれない。
結局お茶会は無事終了したものの、茉莉恵と杏奈の心臓も無事終了のお知らせなのだった。
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