19人が本棚に入れています
本棚に追加
「じゃじゃーん!どう?似合う?」
「いい!いいなそれ!魔術部隊コスでアンリ様とオフィスラブですね!」
杏奈は昨日支給された魔術部隊の下級魔術師用のローブを身にまとい茉莉恵に自慢していた。魔術部隊の雑用ということで、メイド服よりそちらが相応しいということになったのだ。
ちなみに下級、中級魔術師は有事には出動せず城の防戦として配属される。杏奈たちには有事がピンとこないが、ローザノール王国は七年前に大きな戦争をしている。今は同盟を結び落ち着いているが、周辺諸国もまだ平和とは言えない国ばかりだ。
現国王は融和派だが、ひとたび刃を交えることとなれば容赦ない、怒ると怖いタイプだそうだ。七年前も大国相手に五分五分の戦いを繰り広げ、結果相手が和解を持ち込む形で終結している。
レネもアンリも兵として駆り出された戦いだった。
「で、雑用って何やるの?上司を気持ちよくするお仕事?」
「そうそう、仕事で疲れたらね、密室でね。なんの話よ。上司を気持ちよくするじゃなくて、上司が気持ちよく仕事できる環境を整えるお仕事」
「ちょっと具体的に」
「別にアンリ様にずっとくっついて回るような感じじゃなくて、例えば訓練するっていうならその準備とか、下級魔術師は座学も多いからその準備とか、書類を右から左に流すお仕事とか、そういういの。でも使う道具がファンタジーすぎて名前とか超覚えなきゃ」
「なるほど。で、上司はいつ気持ちよくなるんですか!?」
「夜ですかね。ばかーーーーっ!!」
杏奈がソファにあったクッションを投げつけたところで、「じゃ、朝ごはん準備してきます!」と言って茉莉恵は逃げた。
騎士団だけでなく魔術師にも寮はある。杏奈はそちらへ向かうと、食堂で朝食を取った後、魔法塔の管理室へ向かった。学校で言う事務室的なとこで、スケジュール管理や支給品の配布、発注等多義にわたる事務仕事をする場所だ。
杏奈はここで今日やることを指示してもらうことになっている。日によってはそんなに多くないこともあるけど、今は収穫祭の繁忙期なので忙しいとか。
騎士団は実行委員及び警備だが、魔術師は収穫祭当日に毎年恒例で行われる光のショーを演出しなければならない。アンリはそれを「実力が試されるお遊戯」と言っていた。
多分、見た目より難しい内容なのだろう。実際、ここで活躍した者がより上級に上がることが多い。
「おはようございます、クロード副隊長。今日は何をすればよいですか?」
「ああ、アンナさん。今日はちょっと大変ですよ。収穫祭のショーに出る人物を選出する日なので。あと昨日も言いましたがここでは誰も副隊長と言わないのでクロードで結構です。」
短く刈り込まれた茶色い頭髪、そして眼鏡の男性魔術師が答えた。彼は二人いる魔術部隊副隊長の一人だ。魔術師なのになぜかガタイが良い。
「わかりましたクロードさん。何を準備すればよいですか?技術のテストでもするんですかね?」
「ええそうです。一人5分程度の実技を35人見ていきますからね。なかなか時間がかかりますよ。貴方には出題や採点に使う書類を配布、回収等してもらいます」
いくつかのパターンに分かれたお題の紙が封筒に入れられた状態で配られ、魔術師はそこで初めて試験内容を知る。採点をするのはアンリ他副隊長二名。一番大変なのはアンリが途中で飽きてしまうことらしい。
「もしアンリ様が飽きたら…頼みましたよ?」
な、何を!?と思うが、「善処します」と苦笑しつつ答えた。
テスト開始前、魔術師たちは既に練習をしていた。下級は20人、中級は15人。上級はショーには参加しないのでここにはいない。下にいくほど人数が多いのは、魔術師の多くが途中で脱落して辞めてしまうためだった。
騎士団より離職率が高い。希望を抱いて入隊した者の多くが、上級者の域に達する前に精神的にきつくなり辞めてしまうそうだ。技術があったとしても、精神力が伴わないと残ることは難しいらしい。
そもそも学院では実践的なことはほとんど教えない。座学が多く、魔術部隊に志願したものは入隊後初めて実戦経験を積んでいくことになる。戦闘技術が長けてしまい、悪用を避ける目的があるためらしい。
そのため下級魔術師がここでやることの多くは学院の延長のように勉強することが多く、その上実技で精神力も削れるので脱落が増えるそうだ。
杏奈は出題用紙の準備に取り掛かる前にアンリが飽きた時の対策を考えた。というか、上官が飽きるとかそれでいいのか疑問だが、「アンリ様だし」と言えば魔術部隊の人間は大体納得した。ちょっと問題児?と思う。
杏奈はアンリがよく甘いお菓子を好んでいたのを思い出し、「ほらほら、これ頑張ったらお菓子あげるからね~」作戦を決行することにした。よし、ゲロ甘クッキーを作るぞ。マリが。
魔法塔から騎士団寮は少し離れているので、杏奈は小走りで急いだ。今の時間ならまだキッチンで後片付けとかしてるはず。
「魔術師のお嬢さん、騎士団に何か御用ですか?」
入口で「はて、食堂はどこだ?」となっていたとこに、金髪、長身の王子臭漂う青年が声をかけてきた。
「あれ?君下級魔術師?君みたいに可愛い女の子、今年はいたっけ?」
「あー、えーと…私マリの友人で魔法塔で雑用してますアンナって言います。マリを探しているんですが」
「ああ、君がそうなのか。僕は副団長のフィリップ。さあどうぞ麗しいお嬢さん、僕が案内してあげるよ」
チャラ男!
「案内はお願いしたいですが、もう少し離れていただけませんか?適切な距離感でお願いします」
「君もガード固いな~」
フィリップは先を歩き食堂へ案内した。下級魔術師が騎士団に来ることはまずないので、気づいた騎士たちが遠慮なくガン見してくる。しかも連れてるのがフィリップ副隊長。
「可哀そうに、あの娘食べられちゃうんだ。獲物のウサギなんだ」
「副団長も罪だな」
「うっ…誰だ俺に恋の矢を放ったのは。俺もあのウサギちゃんにお近づきなりたい…」
食堂に着くと、茉莉恵が忙しそうにテーブルを片付けていた。
「マリ!」
「アンナ…どうしたのこんなとこまで?あと後ろの副団長はチャラ男だから気を付けて」
「知ってる挨拶がチャラかった」
「君たち意外と辛辣!?」
相手にしてもらえないチャラ男が食堂を出て行くと、杏奈は早速茉莉恵にお願いした。
「マリさ、忙しいとこ本当に申し訳ないんだけど、今からクッキー焼いてもらえるかな?」
「え?いいけど、どうしたの?クッキー食べたいモンスターになっちゃったの?」
杏奈は茉莉恵に作戦を話した。あの超絶大人で余裕振りまくアンリが「飽きる」と聞いて「子供か!」と茉莉恵は突っ込んだが、ひとしきり笑ったあと「アンリ様が飽きる…あるね」とつぶやいた。
「そう、あるよね。だからお菓子でホイホイ」
「さすがにホイホイされないでしょ。だったらアンナさん、いい手がございますよ」
「却下」
「まだ何も言ってないのに」
「どうせマリはえちえちなこと考えてるでしょ」
「大正解のアンナさんにはゲロ甘クッキーをプレゼント」
ついでに普通のクッキーも少しお願いと言われ、茉莉恵は後程魔法塔に届けると約束した。この埋め合わせはあとでするねー。レネ様が。と言って杏奈は帰っていった。
最初のコメントを投稿しよう!