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そして試験が始まった。
いつも訓練で使われる広場は、今日は試験会場となっていた。
アンリと副隊長のクロード、そしてもう一人の副隊長ジャックは用意された丸テーブルとガーデンチェアに座り、魔術師たちの試験待機は魔法塔の中。訓練場が見えない部屋だ。
テーブルの上には三人分のペンとインクとバインダー。
一人ずつ呼ばれ、杏奈が持つお題の封筒から一つ選び、中のお題はアンリたちに渡される。それから即興でお題を五分以内にこなし、終了だ。
「では始めましょうか。皆さん、私は飽きる自信があるのでせいぜい楽しませてくださいね」
「せめて飽きる宣言はしないでください」
アッシュブラウンの髪を後ろで短く束ねたジャックが呆れた声で言う。
「では最初の者前へ。その円陣で行うように。他の者は待機部屋へ移動」
クロードが最初の一人を呼んだ。
一番最初の下級魔術師の青年が緊張のためかか細い声で自分の名前を言う。そしていよいよ実技だ。
「お題は“火球を三つ、水の輪の中をくぐらせる”です。はいどうぞ」
杏奈には魔法のことはさっぱりわからない。ゲーム的に考える火と水は反対の属性だ。二つの魔法を同時に行うことも難しくないのかな?
アンリ様天才だから凡人の能力をわかってないとかないよね?と心配したが、お題は副隊長二人で用意しているらしい。それなら宮廷魔術師として入隊した彼らでもできるものなのかな?と思った。
静まり返る中、青年魔術師は火球を三つ作り出す。それを片手でキープしたまま、水の魔法を繰り出す。水は出現するものの、なかなか“輪”の形を取れず崩れてしまう。そうしているうちに火球が消えてしまった。
今度は手順を変えて水の輪から。しかし今度は火球を作る頃に崩れてしまう。あと1分。
少し悩んだ末、彼は火球をゆっくり三つ放った。その動線の先に、素早く水の輪を出現させると、ゆっくり進む火球は見事に三つとも輪をくぐった。
「いいですね。はい次の方」
アンリは淡々としたものだが、そうやって次々こなしていくうちに杏奈は気づいた。手元の評価の紙に、びっしりと何か書かれている。そっと後ろから覗き込んでみると、それは各魔法のワンポイントアドバイスとも言えるものだった。
何が悪くて、何がいいのか。どうすれば良くなるのか。
アンリ様、めっちゃ優しいいいい…!
無慈悲なダメ出しじゃなくて、細かいアドバイス…この紙は永久保存版。
杏奈は後ろで作業をしながら一人悶える。
二人目は残念ながら失敗。三人目は成功…と続けること10人。ここで10分休憩後、また再会される。
「やっと10人ですか。私今日は頑張っていると思いませんか?」
「それが通常業務ですしまだ始まったばかりです」
「後半もその調子でお願いします」
クロードさんとジャックさん、なかなかアンリ様に厳しいなと心の中で笑いながら、杏奈は三人にお茶を出した。メイドに用意してもらったお湯は、すぐには冷めない魔法陣によって温度が適温に保たれている。これが本当の魔法瓶。などと思いながら茉莉恵のクッキーも添える。
ちなみにお茶は茉莉恵がクッキーと一緒に置いて行ったアプリコットティー。ドライアプリコットを刻んでティーポットで茶葉と一緒に蒸らしたものだ。意味を考えるとちょっと気恥ずかしいが、アンリ様が喜んでくれればいいな、と思った。
「アンナ、あなたも休憩していいのですよ?むしろしてください」
「私は今日アンリ様が飽きないよう指令を受けていますので!」
「毎年これが長引く理由はアンリ様がどこかへ行ってしまわれるからなので。今年は対策を取らせていただきました」
「姑息ですね。ですがいいでしょう、悪くない」
アンリはお茶より先にクッキーを摘まんだ。やっぱりアンリ様甘いもの好きだよね。頭使うからかな?と思いつつ反応を待つ。今日のクッキーはマリ特性のゲロ甘クッキー。いつも王宮で用意されているものより甘いはず。
「甘いですね。いつも物足りなかったんですよ。これは?」
「マリ特性アンリ様特化型クッキーです。副隊長のお二人には通常のものですけど」
「彼女はレネ特化型だとばかり思っていました。あの辛いクッキーはいただけません」
「おいしいのに」
「お菓子は甘いからこそお菓子のですよ。控えたり辛ければそれは最早お菓子ではありません」
「アンリ様時々子供ですよね」
隣のクロードとジャックが同時に吹き出す。
「なるほど」
「アンリ様手名付けられてますね」
「悪くないでしょう?」
アンリはここでお茶を飲んだ。勿論砂糖たっぷりで。
「この香り…これは?」
「あー…マリが用意しました…。お気に召しませんでした?」
「いいえ、彼らも同じものを?」
アンリが怪訝な顔つきで隣の二人を見る。二人は「何か問題でも?」という顔でお茶を楽しんでいる。
「はい、同じです」
「あなたたち飲むのをやめなさい」
「なぜです?いい香りですねこれ」
「ドライフルーツですか?」
「ドライアプリコットです」
「アンナ、彼らのお茶を下げなさい」
「えー上官の横暴ですよそれ」
「気に入りません。なぜ彼らにも…」
ここで副隊長二人が「もしや?」という表情になる。
「アンリ様、もしかして以前研究していた精霊の香りというのは…」
クロードが眼鏡の位置を直しつつ尋ねる。
「へえ…本当にそういう香りが存在するんですね。俺は否定派でしたから」
ジャックは杏奈をしげしげと眺めていた。
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