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「報告を続けまする。大高城(おおだかじょう)には徳川家康が入り、丸根砦(まるねとりで)と鷲津砦(わしづとりで)が落ちるのも時間の問題かと」
「徳川? 誰だそいつは」
「おっと失礼。今は松平元康でしたな。いずれ天下を取る大人物がまさか織田の人質となり、しばらく殿と一緒に過ごされていたなど、思いもしませんでしたな!」
「黙れ、秀隆! 時空が歪む!」
秀隆は頭をぺこりと下げて、一つ後ろへスライドするかのように引いた。
「殿、夜も更けてまいりました。……恐れながら申し上げまする」
ある若い家臣が言う。
「なんだ?」
「深夜残業は付くと思ってよろしいか?」
「付くか、馬鹿者!!」
信長はダンと足音を立てて立ち上がる。
「今どういう事態か分かっておるのか!? 織田存亡の危機なのだぞ! そこに残業がどうとか何を考えている!」
「し、しかしながら! 我ら若衆は薄給ゆえ、少し時給がアップする深夜残業に期待して生きておるのでございまする! 深夜残業があれば、死も厭わず戦えまする!」
信長は「いつから残業代システムが戦国時代に導入されたのだ?」と思いつつも、若者の必死な形相を見て、
「よい。深夜残業に付けよ。払ってやる」
「ははっ! ありがたき幸せ!」
若者は頭を床に擦り付けるようにして頭を下げる。
「殿、それがしもよろしいか?」
「拙者も!」
「当方も!」
評定に集まった若衆が口々に言う。
「言え」
「結論が出ないなら、そろそろお開きにしませんか?」
「子供が待ってるんで、帰ってもいいすか?」
「そろそろ眠くなってきました」
「どうせ明日早いんでしょ?」
「寝不足はお肌の敵だ!」
「宿直決めて、かわりばんこにしません?」
「リーダーシップなさすぎでは?」
信長の許可が下りたということで、若衆は言いたいことを好き勝手に言い始める。
「なんだ、貴様ら!! やる気がないなら帰れ!!」
まさに鬼の形相だった。
食われてしまうのではないかという恐怖に、若衆は悲鳴を上げるが足がすくんで逃げられない。
「帰ったら怒られるやつだよな……?」
「ああ、やめとけ。本気で帰っていいなんて思ってない」
「むしろ帰られたら困るんだろ」
「これってパワハラじゃね?」
「顔こわっ! それだけで精神的苦痛だわ」
若衆のひそひそ声は信長にも聞こえていて、信長の手はわなわなと震える。
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