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「殿っ!」
そこに微妙な雰囲気を吹っ飛ばすかのような爽快な声が上がる。
「なんだ、恒興」
「こうしてもラチがあきません。そろそろ決めましょう。籠城するのか!? それとも出陣するか!?」
「う、うむ……」
この評定で決めることは、はじめからその二択しかなかった。
だがそれが決められたら、こんな遅くまで会議などしていない。
「ちなみにラチとは柵のことです。柵があかないと、先に進むことができませんな。それと、あかないは「明」と書かないと校正に怒られますぞ」
恒興が言う。
恒興は信長の乳兄弟である。
実際の兄弟ではないが、同じ乳を飲んで成長した者のことを乳兄弟と言う。当時、高貴な女性は赤児に乳をあげず、他の女性に任せていた。
つまり恒興の母が信長のベビーシッターで、一緒に育てられたこともあり、二人は非常に仲が良いのだ。信長の二つ下で、実の弟より親愛を持っている。
「殿、出陣しましょう!」
「こうしているうちにも味方が!」
「野戦で勝てるわけがありません! ここは籠城を!」
「援軍が来ないのに籠城して意味があるのか!?」
せきを切ったように各々が意見を叫んでいく。
これも今日何度も行った光景である。
「降伏しよう。どうせ何やっても勝てねえ!」
「そうだな。優柔不断の殿が勝てるわけないよな」
「決まらなかったら、今夜のうちに逃げちまおうぜ」
「いや、今川につくのはどうだ?」
「それいいな! 退職届けってどう書くんだ?」
目の前に鬼の形相をした信長がいることを忘れて、若衆たちは盛り上がっている。
「貴様ら、この場で叩っ切ってやろうか!!! どうせ負けたら死ぬんだ。ここで死んでも同じだよなあ!!!」
堪忍袋の緒が切れた信長はついに刀を抜く。
「ひえー! 殿がご乱心だ!」
「パワハラだ! 訴えてやる!」
「パワハラで済むか! Killハラって言うんだよ!」
「なるほど、『切る腹』とは武士らしくていいな!」
信長が刀を振り回すので、若衆たちは必死に逃げ惑う。
「殿、短気はいけませぬぞ!」
秀隆と恒興が信長を後ろから取り押さえようとする。
「戦の前に、皆の心がバラバラでは勝てる戦も勝てませぬ!」
場は大混乱になり、もはや会議どころではなかった。
信長は秀隆らを振りほどいては斬りつけて周り、床や柱は傷だらけになっていく。
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