言えない名前

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* 「マリア!」 病室には医師や大勢の人間が集まっていた。 ベッドの縁に腰かけているのは、花のように鮮やかな桜色の頬をしたマリアだった。 アンソニーは魔女の魔法が成功したことを確信し、熱くなる胸を押さえた。 「……あなたは?」 マリアは怪訝な顔で、アンソニーをみつめた。 「ぼ、僕は…あ……」 名前を言っては、魔法が解けてしまうことを思い出し、アンソニーはその言葉を飲みこんだ。 「僕は、アンソニーの親戚の者です。」 「アンソニーの? アンソニーがどうかしたんですか?」 「え…あ…あぁ、あいつは急な用が出来てまして…しばらくここへは来られないから、そのことをあなたに伝えるようにと…」 「そ、そんな…アンソニーはどこへ行ったんです?」 「それは僕も聞いてないんです。 なにしろ、とても急なことのようで… それより、マリアさん…あなた、重病だとお聞きしていましたが…」 「え、ええ…信じられないことなんですが、私、急に元気になったんです。 昨日までこうやって座ることさえ出来なかったのに、今はなんだか身体中に元気がみなぎっていて… お医者様も奇蹟だっておっしゃってるんですよ。」 「そうでしたか… 良かった…本当に良かった…!」 アンソニーは、マリアの両手を握りしめ、涙を流してそう言った。 「そんなことより、アンソニーは本当に出て行ってしまったんですか? 行き先に心あたりはないんですか?」 「え、ええ…何も…」 「僕がアンソニーだ!」そう言うのは簡単なことだが、そんなことを言っても今の変わり果てた姿を見て、マリアがその言葉を信じるはずがない。 それに、言ってしまえば魔法は解け、マリアはまた重篤な病状に戻ってしまう…そう思うと、やはり、アンソニーには本当のことは言えなかった。
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