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放課後。昨晩作ったお菓子が入ったバッグを片手に、希美と教室を一個ずつ回っていく。
「私、これ渡しに行ってくるわ」
さっきまで配っていたものよりもラッピングが凝っている小さな箱を手に、希美は理数科のクラスを指さす。希美の彼氏は理数科だった。
「ここで待ってるね」
私の学年の理数科の女子は六人だけ。残念ながら、その中にお菓子を渡し合うような仲の子はいない。
廊下の壁に寄りかかりながら、扉のわずかな隙間から希美の後ろ姿を眺める。
「誰か待ってるの? 呼んでこようか」
右上から少し低い声が聞こえてきた。反射的にそちらに顔を向けると、そこにいたのは見慣れた顔で。
急に力強く打ち始めた心臓に心の中で「鎮まれ」と叫びながら、落ち着いたふりをして口を開く。
「いや、友達を待ってて」
「ああ、高橋さん」
ちらりと教室内に視線を移した彼は、納得したように首を縦に振った。
「女子の熱気がすごいよね。このクラスはそういうのあんまりないからさ」
ほぼ初対面にも関わらず、彼は自然に会話を振ってくれる。陽キャとはこういう人のことを言うのだろう。
「女子少ないもんね」
「だからチョコ全然もらえないの」
へらへら笑いながら出た彼のその言葉に、思わず顔が固まった。慌てて口角を上げる。
「チョコ、もらってないの?」
「そう。ゼロ。悲しいね」
授業中よりも速いスピードで、脳が回転していた。
「じゃあさ、あげようか」
結果、選ばれたのは、そんな可愛げのない言葉で。
「え、いいの?」
うん、と頷きながら鞄から無造作にひとつの小袋を取り出す。
「はい」
「やった。まじで嬉しい。ありがと」
ぎゅうぎゅうに詰められていたせいで少し形の崩れたリボンをいじっている彼の顔は、小学生みたいに無邪気だった。
「義理だけど」
赤くなってしまったであろう頬を誤魔化すために、顔を背けながらそう呟く。
彼は、「わかってるよ」とその白い歯をのぞかせた。
その横顔が、一年前のあの時の彼と重なった気がした。
私の芯にある何かが、大きく揺れる。今までとは確実に何かが違う、大きな波。
──この揺れの名前はきっと。
初期微動継続時間はおよそ一年。
今年の二月十四日、私の恋は始まったのだと思う。
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