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午前七時二十四分。電車が駅に止まる。
邪魔にならないよう、足元に置いていたバッグを膝の上に置く。
バレンタインとかいう、本来の趣旨がどこかに行って「女子がお菓子を交換する」だけになってしまったイベントのせいで、今日はいつもより荷物が一つ多かった。
扉が開き、重たい足を引きずって歩くサラリーマンに続きながら、彼が乗り込んでくる。すれ違う一瞬は、いつも心臓が鳴った。
制服は同じ高校のもので見飽きているはずなのに、彼の制服姿を見るとやっぱり少しだけ顔が熱くなる。
彼はいつも、向かいの一番端の席に座る。
およそ一メートル。少し勇気を出せばすぐに届いてしまう距離なのに、どうしてもあと一歩が踏み出せない。
電車が高校の最寄り駅に到着した。
彼の気配を背後に感じながら、ホームに降りる。
私はエスカレーターは止まる主義だった。左側に並んでいると、彼が颯爽と右側を上っていく。
その背中を見ながら、小さく息を吐いた。
いくら同じ学校でも、毎日確実に彼とすれ違えるほど校内は狭くない。また一つ、大切なチャンスが空気に溶けた。
今日も私の心臓は、人知れず小さく揺れている。
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