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が、
逃げ出せんかった…
なぜなら、猿の太郎が、リンダに抱かれたままだからだ…
そして、その太郎の首には、ヒモがかけられていて、そのヒモは、この矢田が、握っていた…
だから、逃げれんかった…
それとも…
それとも、このヒモをリンダに、渡して、逃げようか?
私は、悩んだ…
真剣に、悩んだ…
が、
できんかった…
できんかったのだ…
なぜなら、太郎には、恩がある…
その恩人、いや、恩猿の太郎を置いて、このまま、逃げるわけには、いかんかった…
いかんかったのだ(涙)…
また、すぐには、気付かんかったが、今、すでに、私たちの周りには、アムンゼンのボディーガードたちが、いた…
だから、誰も、私たちに、近寄ることは、できんかった…
真逆に、言えば、この場から、私が逃げ出すことも、できんかった…
ならば、なぜ、このリンダは、私たち、いや、アムンゼンに近寄れたか?
それは、このリンダが、アムンゼンと、すでに、面識があるからだった…
さっきも、説明したように、このリンダは、アムンゼンから、
「…今度、一度、サウジアラビアに遊びに来ませんか?…」
と、誘われた…
この矢田に言わせれば、口説かれた…
が、
当人は、そんな感覚がまるで、なかったようだった…
しかし、この矢田に、言わせれば、そんなアムンゼンの言葉に、乗せられて、サウジアラビアに行けば、アムンゼンの妾になって、二度と、帰って来ることは、できんだろう…
きっと、アムンゼンの愛人、2号とか、愛人、28号とかに、なるに違いない(笑)…
なにしろ、アラブ世界は、一夫多妻制だと、聞く…
一人の男が、何人もの妻を、囲ってもいい…
男にとっては、夢のような世界だ…
しかも、アムンゼンは、サウジアラビアの王族…
さらに言えば、その王族の中で、国王に最も、近い存在…
なにしろ、アムンゼンは、現国王の腹違いの弟だ…
それゆえ、以前、国王の座を、我がものにせんと、クーデターを起こした…
つまりは、自らが、国王になろうとしたのだ…
が、
自分は、国王には、なれない…
なぜなら、小人症だからだ…
国王と言えば、どこの国でも、その国の顔だ…
それが、小人症では、困る…
だから、なれない…
アムンゼンは、アラブの至宝と呼ばれるほど、頭脳明晰…
その頭脳は、アラブ世界で、一目も、二目も、置かれているほどだ…
それでも、自らは、表には、出れない…
アラブの至宝と呼ばれているのも、実は、アムンゼンの存在を知るものが、密かに、流した、都市伝説のようなもの…
それが、誰だか、実体は、わからないように、して、流した…
その方が、よりミステリアスな存在になるからだ…
そして、それを、利用して、このアムンゼンは、国王になろうとした…
と、いっても、実際は、国王には、なれない…
何度も、言うように、アムンゼンが、小人症だからだ…
小人症では、人前に出れない…
だから、甥のオスマンを、国王にしようとした…
オスマンは長身のイケメンだったからだ…
オスマンは、サウジアラビア本国で、悪さをして、日本にいる、このアムンゼンに預けられた…
が、
それは、表向き…
本当は、このアムンゼンを見張るためだった…
アムンゼンは、策士…
なにをやりだすか、わからないからだ…
それゆえ、
「…オスマンの面倒を見てやれ…」
と、国王は、アムンゼンに命じたが、実は、アムンゼンの方が、オスマンに見張られていた…
そういうことだった…
なにしろ、アムンゼンは、一度、国王になるべく、クーデターを起こそうとした…
現国王に、取って代わろうとした…
それが、許された…
現国王が、アムンゼンの腹違いの兄だからだった…
母親が、違うとはいえ、血の繋がった実の弟を、処分することは、できなかったのだろう…
そして、もしかしたら?
もしかしたら?
その処分に、アムンゼンの父親が、関係しているかも、しれんかった…
私は、それに、気付いた…
現国王と、アムンゼンは、父子ほど、歳が離れている…
アムンゼンは、30歳…
現国王は、50代か、それ以上…
だから、それを、考えれば、アムンゼンの父親は、80代ぐらいだろう…
かなり、高齢だ…
そして、高齢ゆえに、国王の座を息子に譲ったのかも、しれんかった…
何度も言うように、国王は、その国の顔…
だから、なにかあったときに、自分の国は、もとより、他国に、出向かねば、ならん…
それが、80代の高齢では、難しいだろう…
誰もが、旅行は、疲れるものだ…
旅行=外国訪問だ…
その外国訪問も、80代では、体力的に、キツイだろう…
だから、国王の座を息子に譲ったのかも、しれんかった…
そう、考えれば、納得がゆく…
そして、アムンゼンは、父と兄が争えば、下手をすれば、サウジアラビア本国が、真っ二つに割れる大乱になるかも、しれんと、言った…
この言葉から、察するに、アムンゼンの父親であり、現国王の父である、前の国王は、国王から、退位したとはいえ、まだ、サウジ国内で、実力を持っているのだろう…
そう、気付いた…
だから、二人が争えば、大乱になると、アムンゼンは、言ったのだろう…
たしかに、権力が、拮抗する二人が争えば、大乱になる…
どっちが、勝つか、負けるか、わからないからだ…
実力が、拮抗するものが、争えば、容易に、決着は、つかない…
格闘技を例に取れば、それは、誰にも、わかる…
そういうことだ…
私は、アムンゼンを見た…
さぞ、悩んでいるだろうと、思ったからだ…
だから、
「…アムンゼン…オマエも大変だな…」
と、言ってやりたかった…
が、
そのアムンゼンを見ると、実に、羨ましそうに、リンダに抱かれた猿の太郎を見ていた…
まるで、今にも、自分が、太郎の代わりに、リンダに抱かれたいと、思う気持ちが、ミエミエだった…
私は、呆れた…
実に、呆れた…
アムンゼンが、今にも、よだれを流しそうな表情で、リンダを見上あげていたからだ…
…情けない…
…実に、情けない…
アラブの至宝と呼ばれた男の、こんな姿をアラブ世界の者が、見れば、一夜にして、その権威は、失われると、思った…
だから、
「…アムンゼン…そんな顔は、するな!…」
と、小さな声で、言った…
「…なんですか? …矢田さん?…」
アムンゼンが、キョトンとした表情で聞いた…
「…オマエ、そんなに、羨ましそうな顔で、太郎を見るな…なにを、考えているか、バレバレだゾ…」
私が、言うと、
「…そんな…」
と、アムンゼンが、照れた…
それから、アムンゼンの近くに、行き、小声で、
「…なんなら、この後、太郎の代わりに、アムンゼン…オマエを、抱いてやってくれ、と、リンダに頼んでやっても、いいゾ…」
と、囁いた…
「…ホ、ホントですか? …矢田さん?…」
「…ホントさ…この矢田トモコ、35歳…これまで、ウソを一度もついたことのない、女さ…」
私は、胸を張って言った…
私の自慢の大きな胸を張って、言った…
が、
これが、いかんかった…
あっさりと、アムンゼンが、
「…ウソですね…」
と、私のウソを見破った…
「…なんだと? …どうして、わかる?…」
「…この世の中の人間で、ウソをついたことのない人間など、おそらく、一人も、いません…まして、矢田さんです…きっと、ウソも多いでしょう…」
「…なんだと?…」
「…矢田さんは、基本的には、善人ですが、ウソも、多い…根は、善人なのですが、平気で、人を騙すときもある…」
「…」
「…でも、それが、人間です…とりたてて、矢田さんを、どうのこうのいうわけでは、ありません…」
「…なんだと?…」
「…なにより、矢田さんは、愛想がいい…正直、矢田さんは、美人ではないですが、誰からも、愛される顔です…おまけに、少々頼りない…だから、誰かが、矢田さんの面倒を見てやろうという、気にさせる…ホント、得なひとです…」
アムンゼンが、私を評した…
この矢田トモコを、評した…
この矢田トモコを、評価した…
3歳の幼児にしか、見えん、男が、35歳の立派な大人である、この矢田トモコを、評価したのだ…
しかも、
しかも、だ…
その評価を、ひとつも、反論できんかった…
なにひとつ、反論できんかった…
その通り…
まさに、その通りだったからだ…
私は、なにか、言おうとしたが、言えんかった…
言葉が、出て来んかった…
反論する言葉が、出て来んかった…
私は、頭に来て、アムンゼンを睨むと、なんと、アムンゼンも、私を睨み返した…
35歳の矢田を、3歳の幼児が、睨み返したのだ…
あっては、ならんことだった…
やっては、いけないことだった…
同時に、頭に来た…
散々、面倒を見てきた、この矢田に平然と、牙を剥くアムンゼンが、許せんかった…
許せんかったのだ…
が、
手を出すことは、できん…
35歳の大人が、3歳の幼児に、手を出すことは、できんかった…
だから、睨んだ…
無言で、睨んだ…
すると、アムンゼンも、負けじと、この矢田を睨み返した…
生意気にも、睨み返したのだ…
だから、この矢田も、負けるわけには、いかんかった…
アムンゼンを、睨み返した…
そして、それは、アムンゼンも、同じだった…
つまり、この矢田と、アムンゼンは、いつしか、互いに、睨みあっていたのだ…
しかも、お互いに、一歩も譲らんかった…
ただ、ジッと、互いに、睨み合ったのだ…
ただ、時間が、過ぎた…
睨み合う時間が、過ぎた…
すると、
「…二人とも、いい加減にしたら…」
と、いう声がした…
ヤンだった…
ヤン=リンダだった…
「…なにが、原因か、知らないけれども、二人が、睨み合うものだから、このお猿さん、困った顔をしているわ…」
「…なんだと?…」
「…きっと、このお猿さん…お姉さんのことも、アムンゼンのことも、好きなのだろうと、思う…」
「…なに?…」
「…二人が、好きだから、その二人が、ケンカしているから、哀しそうな表情に…」
言われてみれば、太郎が、実に、哀しそうな顔をしていた…
リンダに抱かれているにも、かかわらず、実に、哀しそうな顔をしていた…
私は、これまで、こんな太郎の顔を見たことがなかった…
だから、止めた…
アムンゼンと睨み合うことは、止めた…
私は、太郎に、
「…すまんかったさ…」
と、詫びた…
「…オマエを哀しませて、すまんかったさ…」
私は、太郎に詫びた…
誠心誠意、詫びた…
「…だったら、お姉さん…アムンゼンと、仲直りして…」
リンダが、告げた…
「…なんだと?…」
「…お姉さんが、アムンゼンと仲直りしないと、このお猿さん…きっと、哀しいままよ…」
リンダが、告げた…
私は、そう言われると、どうして、いいか、わからんかった…
正直、太郎のためとは、いえ、アムンゼンに、詫びるのは、嫌だった…
が、
太郎を、哀しませるわけには、いかんかった…
だから、アムンゼンに詫びるしかなかった…
ゆえに、仕方なく、アムンゼンに詫びようとした…
が、
先に、アムンゼンが、
「…申し訳ありませんでした…」
と、私に頭を下げた…
私に詫びた…
「…自分が、大人げ、ありませんでした…」
「…なんだと?…」
「…自分の立場を忘れてました…」
アムンゼンが、答えた…
私は、アムンゼンのいう立場が、なにを言ってるのか、わからんかった…
が、
アムンゼンが、自分から、頭を下げたのは、嬉しかった…
私が、頭を下げずに済むからだ…
私の面子が立つからだ…
それを、見た、リンダが、
「…やはり、アムンゼンは、大人ね…人間が、出来てる…」
と、褒めた…
アムンゼンは、リンダの言葉に、
「…そんなことは…」
と、言いながら、顔を赤らめた…
私は、黙って、それを見た…
言いたいことはあるが、あえて言わなかった…
敵に塩を送った…
敵=アムンゼンに、塩を送った…
そんな上杉謙信のような気分だった…
<続く>
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