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磯島(いそじま)は風光明媚な町だ。明治時代からこの地は漁師町として栄えてきた。またここは、国立公園の玄関口で、大正時代に入ると観光開発が進み、多くのホテルができた。磯島に行くための鉄道もでき、名古屋や大阪から直通する優等列車が多く来るようになった。
そんな磯島には多くの海女がいて、彼女たちが素潜り漁で捕まえる海の幸は絶品だ。それらの多くの地元のホテルはもちろん、県外の料理店でも食べられるという。
毎年夏、特に盆休みは多くの観光客が訪れ、特急の指定席はなかなか取れない。そのため、臨時便も多く設定され、また、団体専用電車も多くやって来る。
林浩平(はやしこうへい)は東京に住む中学校2年生。中学校では水泳部に所属している。先日、3年生が引退したばかりで、新しいキャプテンに就任した。
浩平は東京に住んでいるが、生まれは磯島だ。幼稚園までここで過ごしたが、父の転勤で東京に引っ越した。
名古屋からやって来た特急電車がやって来た。黄色い外観の流線型の車両だ。終点の磯島に着くと、大量の乗客が降りてきた。そのほとんどは観光客だが、その中には実家のある磯島で盆休みを過ごそうという人もいる。
「着いたわね!」
母、七子(ななこ)はほっとした。名古屋から2時間近くかけてようやく到着した。地下鉄や新幹線と合わせると3時間ぐらいだ。長旅だったけど、もうすぐ目的地だ。
「何度来てもいいね!」
「そうだろう。やっぱ磯島はいいとこだなー」
父、海人(かいと)は笑みを浮かべた。磯島は何度来てもいい所だ。
「盆休み、楽しみか?」
「うん・・・」
だが、浩平は浮かれない表情だ。何か悲しい事でもあったんだろうか?
「元気出せよ、今日からしばらく実家じゃないか?」
「だけど・・・」
浩平には実家に帰省するのが辛いようだ。どうしてだろう。
「わかるよ。おばあちゃんが亡くなった事でしょ?」
「うん!」
浩平が気にしていたのは祖母、ハルの事だった。ハルは去年、磯島の近くの病院で亡くなったという。浩平はおばあちゃんっ子で、水泳と出会ったのも海女だったハルの影響だという。
「辛かったよな・・・」
海人は浩平を抱きしめた。だが、なかなか泣き止まない。今でも忘れる事ができないようだ。
それは去年の冬の事だった。以前から具合が悪いと言われていて、入院している日が徐々に多くなってきた。その日が近いかもしれないから、覚悟はしておくようにと言われていた。
突然、夜に電話が鳴った。こんな夜遅くに電話とは、何があったんだろうか? まさか、ハルに何かがあったんだろうか? 不安でしかない。海人は受話器を取った。
「もしもし!」
電話の相手は、病院の院長だ。こんな遅くに何だろう。
「えっ、危篤?」
その声で、浩平と七子は驚いた。今すぐそっちに行かないと。浩平は明日、部活があるけど、休みをもらわないと。
「早く行きます!」
海人は受話器を置いた。海人は慌てている。その理由は2人もわかっていた。
「おばあちゃんが危篤だって!」
「早く行こう!」
3人は大急ぎで磯島に向かう事にした。これは大変な事だ。早く向かわないと。
新幹線の車内の中、浩平はハルの事を思い浮かべた。大好きだったのに、死んじゃやだよ。年末年始で久しぶりに会えると思っていたのに。
「おばあちゃん、どうなっちゃうんだろう」
「わからないけど、行こう!」
海人は堅い表情だ。ひょっとしたら、もうだめかもしれない。だけど、ここに来るまで持ちこたえてくれ。そして、もっと生きてくれ。
「間に合うだろうか・・・」
「信じよう!」
浩平は流れる車窓を見ていた。早くハルに会いたい。どうか元気になってほしい。
3時間近くかけて、ようやく3人は磯島にある病院にやってきた。ここにハルが入院しているらしい。果たしてハルは大丈夫だろうか?
と、そこに院長がやって来た。まるで3人が来るのを待っていたかのようだ。
「ご家族の方ですか?」
「はい・・・」
だが、院長の表情は浮かれない。まさか、死んだんだろうか?
「残念ですが、息を引き取りました・・・」
「そんな・・・」
海人と七子は呆然となり、浩平は泣いた。まさか、こんなにも突然、ハルが死んでしまうとは。嘘だと言ってくれ! 夢だと言ってくれ!
結局、浩平は泣いてしまった。泣きたくないのに。ハルの事を思い出すと、泣けてしまう。忘れたいと思っても、忘れられない。
「今思い出しても辛いよな・・・。でも、乗り越えような・・・」
「うん・・・」
磯島駅を出た3人は、バスを待った。この駅からはいくつかのバスが発着しているが、本数は少ない。観光客はここから歩いてほどない所にある観光地に向かう。
実家のある剣先(けんさき)へ向かうバスは朝と夕方にしかなく、数える程しかない。夕方に来たのも、その理由だ。
しばらく待っていると、バスがやって来た。バスは東京の路線バスに比べて小さい。そんなに乗客が多くないからだろう。
「やっとバスが来た!」
バスは駅前のバス停に停まった。だが、待っている人は3人以外いないようだ。
「さて行こう!」
結局、後から乗ってくる人はいなかった。バスは3人と運転手だけを乗せて出発した。出発してすぐ、海に沿って走る。
浩平は海を見ていた。海には黒いウェットスーツを着た海女がいる。ハルもこんな風に海女をやっていたんだ。だけど、もうハルはいない。盆休みになると、海女の漁に連れてってもらった思い出がよみがえる。潜りはせず、船から見送るだけだったけど、こんな風に獲るんだと興味津々に見ていた。
バスは徐々に駅から遠ざかっていく。その向こうには観光ホテルが立ち並ぶ。バスの行く先には舟屋が見える。そこが剣先だ。観光客にも人気の集落だが、実際に訪れる人は少なく、舟屋を海から見る人がほとんどだ。
10分後、バスは剣先のバス停に着いた。途中から乗ってくる人は全くいなかった。乗客のいないバスは3人が降りるとすぐにドアを閉め、再び走り出した。
「さて、実家はもうすぐだな」
と、浩平はウェットスーツの入った袋をリュックに入れた海女と出会った。海女は高齢化が進んでいるらしいが、すれ違った海女はまだ20代のようだ。わずかではあるが、その伝統は受け継がれているようだ。
「あっ・・・」
海女に気付いたのは、浩平だけではない。海人もそれに反応した。
「海女さんだね」
「うん」
と、浩平はハルの事を思い出した。ハルもここを歩いていたんだろう。
「おばあちゃん・・・」
「そうだったね。おばあちゃんは海女さんだった」
海人も知っていた。ハルが素潜りで獲った海の幸をごちそうしてくれた。海の幸は本当においしくて、帰省したらこれを食べるのが楽しみでたまらない。
「おばあちゃんの獲った伊勢海老って、おいしいよな! 毎年、楽しみにしてたのに」
「でも、今日は別の海女さんが採ってくれた海の幸が食べられるんだって」
3人が帰省したら、いつもハルが獲った海の幸が食べられたという。だが、ハルのいない今では、別の海女が獲った海の幸をご馳走してくれるという。
「それは楽しみだなー」
数分歩いて、3人は実家に帰ってきた。入口の前には祖父、周吉(しゅうきち)が待っている。周吉は笑みを浮かべている。息子とその妻子に会えるのが嬉しいようだ。
「ただいまー」
「おかえりー」
海人が手を振ると、周吉も手を振った。
「おじいちゃーん!」
浩平は周吉に駆け寄った。久しぶりに会えるのが嬉しいようだ。
「おうおう、浩平か。元気にしとったか?」
「うん!」
周吉は喜んだ。1人で暮らしているけど、今だけは楽しくなる。ずっといてほしい気持ちだが、仕事があるからいつもいられない。
「この時だけは楽しくなるわい」
と、母はハルが亡くなった時の事を思い出した。家族はもちろん、海女さんも葬儀に参列したという。
「去年は大変だったね」
「うん。でも、少しずつハルがいない辛さから立ち直ってきたよ」
海人はハルが亡くなったショックから立ち直ってきた。だが、浩平はなかなか立ち直る事ができない。去年の夏にいたハルはそこにはいない。大好きだったのに。
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