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「いらっしゃいま……」 夕暮れの頃の喫茶「隠れ家」 雑なドアベルの音とともにスーツ姿の若い男女が現れる。 「おう、お前らか」 現れた二人組を見て、増田は心得たように笑った。 「どうも、増田さん」 一人は背の高い女性、青井聖樹。 キリッとした顔立ちにショートカットの髪型がよく似合う、意志の強そうな女性だった。 「お邪魔しまーす」 もう一人は軽薄な印象の男性、原玄。 馴れ馴れしい雰囲気をまといヘラヘラと笑う、ホストのような男性だった。 「すみません、ちょっと相談に乗ってほしくて」 「ああ。何にせよ、客なら歓迎だ。そこのカウンター席にでも座ってくれ」 目で合図をして、増田は二人に着席を促した。 「失礼します」 「増田さん、連続してる滅多刺し殺人事件のことなんっすけど……」 「こら、原。他のお客さんもいるんだから、今は控えなさい」 カウンター席に座るなり、事件の話をしようとした原に、青井が注意を入れる。 彼女の言う通り、店の隅にあるテーブル席には髪の長い女性がいた。 たった一人だけの、純粋な客だった。 「え? あ、ホントだ。珍しいっスね。この店にまともな客がいるなんて」 「あんたねえっ……!」 悪気なくずけずけとモノを言う原を、青井が更にキツく睨み付ける。 そんな二人を増田は苦笑いで受け流した。 「まあ、そういうわけだ。  お前らも暫くの間、コーヒーでも飲んで適当に雑談でもしといてくれや。  事件の話なら、その後で聞いてやる」 「あ、すいません」 差し出されたコーヒーを受け取り、青井が小さく頭を下げる。 彼女は、原に対しては高圧的だが、増田には低姿勢だった。 「それにしてもあそこの席にいる女の子、死にそうな顔してますね。大丈夫かな」 「リクルートスーツを着てるし、就活中の大学生とかじゃないの?  気の弱い子が圧迫面接とか受けるとあんな感じになるものよ」 「ああ、可哀想に。あの様子じゃ、まだ内定が一つも取れてないんだろうなあ」 コーヒーを飲みつつ、原と青井がひそひそと話す。 彼らは、店の隅のテーブル席でコーヒーを飲んでいる先客の方をチラチラと覗き見ていた。 青白い顔に悲愴感を貼り付けたような表情で、何度もため息をついている……酷く疲れた様子の女の子がそこに居た。 ぱっと見は学生のような風貌だが…… 「お前らなあ、想像だけで勝手なことを言ってやるなよ」 好き勝手に他人の噂に興じる元後輩たちを、増田が呆れ顔で嗜める。 「あの子はうちの貴重な常連客なんだぞ。  気を悪くして来てくれなくなったらどうしてくれるんだ」 「へえ。この店、俺ら以外にも常連客が居たんっすね」 「まあな。曲がりなりにも、それなりにやってるんだよ」 増田は元後輩たちに向かって得意げに笑って見せた。 少しばかり無理をして笑って見せていた。
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