辺境伯家の番たち

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「……嫌なことを思い出したなあ」  がさっと音がしたので顔を上げると、驚いたことにそこに立っていたのは異母弟だった。 「セレン……」 「こんなところにいたのか。カイヤの姿が見当たらないから、どうしたのかと思った」  僕は久しぶりに近くで会う弟に驚いてしまった。真直ぐな黒髪に漆黒の瞳。辺境伯に代々仕える武人の一族譲りの容貌だ。切れ長の瞳は涼しげで、整った鼻梁が美しい。身長は僕よりもずっと高くなっていた。服の上からでも鍛えられた体なのがよくわかり、僕の薄っぺらな体とは比較にもならない。  セレンは、さっさと僕の隣に座る。二人でいるのが久々すぎて、何を話したらいいのかと迷ってしまう。何しろ、同じ城の中にいてもろくに顔を合わせることがないのだ。 「……昔、ここでカイヤが泣いていたな」 「うん。ちょうど、僕もその時のことを思い出していた。昔のことだから色々おぼろげだけど……。悲しいことって、案外忘れないよね」  僕が言った言葉に、セレンの眉が寄った。ああ、久々に話すのに、子どもの頃の泣き言もないだろう。僕は話題を変えようと思って、セレンに第三王子の話をした。 「母の祝いにいらした王子殿下がね、王都に来ないかって言うんだ。僕がここをろくに出たことがないって言ったから、気を遣ってくださったのかもしれない」  答えが返ってこないのを不思議に思ってみると、セレンは益々眉を寄せていた。 「カイヤは、王都に行きたいのか?」 「……行きたいのかどうかはわからない。ただ、僕は、ここにいたくないんだ」  セレンの口元が引き結ばれた。彼がどうして? と聞かないでくれたのがありがたかった。  母の誕生式の後、第三王子はしばらく城に滞在した。彼がしょっちゅう僕のところに来るので、なかなか一人になることができない。王族にこちらから帰れということは出来ないし、領地の案内を僕に頼みたいと言うから仕方がない。  領地の中でも隣国との境を守る砦を訪問したいと言うので、父に許可を得た。なぜか出発当日には、セレンまで一緒だった。弟の母の一族は武人で、剣を持って自ら地領を守ることを信条とする。セレンは一族の教えを受けて昔から騎士たちと一緒に体を鍛えていた。今や父から騎士団を任されるまでになったと聞く。
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