ガミガミブツブツちゃん

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ガミガミブツブツちゃん

「夕輝さんも、寂しかったですか?」  その質問にどう答えようか、一瞬迷った。  世の中には、仕事の部署異動が多い人がいる。  見ていると、それらの人はニパターンに分かれる。  出世街道を進んでる人。  その真逆の人。  その真逆の人、と言うのは誰の主観なのだろう。  いつも不思議に思う。  一緒に仕事をしている人。上司。  「組織に合わない人」の判断基準はなんだろう。  一年前、私は異動となった。  私の後任さんは、やる気に溢れた方だった。  努力しているのが、見て取れた。  でも、怒りと不服と文句が結構多めの、ガミガミブツブツちゃんだった。  文句や愚痴などを全部、口に出しちゃう。   そのせいででちょっぴり、人間関係が悪くなったとしても、腹に溜めおかない。  不器用なほどの、真直ぐな人、という印象だった。  それで、と言う訳ではないかも知れないけれど、 あっという間に異動。  結構丁寧に、お仕事内容を説明していたし、彼女の努力も見ていたから、とても残念。  その彼女に出会って、話しかけられたのは人事異動発表後の、偶然だった。 「夕輝さん。話しておこうと思って。私、異動になりました」  ガミガミブツブツの後任さんが言う。 「ええ。驚きました」  彼女の異動を少しだけ、残念に思った事は胸に秘めた。 「一年ですよ!早すぎる!これから色々改革しようと思ってたのに!あぁ、戻してくんないかな」  ガミガミブツブツさん、まだ異動してないのに文句。  でも、あれ? と思った。  彼女、今のお仕事、好きなんだな。  「まぁ、人事は分かんないですよね。取り敢えず、住めば都と言いますし」  慰めと言うよりは、持論。 「都?」  ほんの少し、彼女は目と眉を吊り上げた。 「夕輝さん、本気?今、都ですか?」  疑念を抱くように、語気強めに言う。 「ええ。都です。居心地いいですよ。居心地の良さは自分で作るもの、と上司から教わりましたし。」  努めて穏やかに言う。   「夕輝さんはいいですね。いつも楽しそうに見えます。今の部署はね、今まで最悪の場所にいた私には、ようやく手に入れた都だったんですよ! 場所も、人も!」  吐き出すように、絞り出すように言う彼女に、胸がズキッとした。  一瞬、顔が強張ったのだろうか。  私の表情を見て、彼女が言った。 「あ、夕輝さんも、辛かったですよね。異動、私が夕輝さんを追い出す形になっちゃったから。嫌でしたよね。」  気遣う、と言うよりは確認に聞こえる。  悲しみの共有をしたいのかな。  正直に話せば、辛かった。  家族を乗っ取られたような、そんな感じ。  でもその感情は間違っている。  新しい部署で、一から関係を築くしかない。  でも、それを彼女に言うのは違うと思った。  だけど、嘘もつきたくない。  迷った末に、話した本音。 「ええ。寂しかったですよ。でも、受け入れてくれる今の部署の仲間がいましたから」  答えた私に、彼女は溜め息をついた。 「私は夕輝さんみたくは、思えないです。行きたくない。異動、取り消してくれないかな」  ガミガミブツブツさん。  本来は繊細な方なんだろうなぁ。  ただ、職場での不遇の時が長過ぎて、人間不信になっちゃって、人付き合いがちょっぴりニガテなだけで。 「また、話し、聞きますよ」  そう言って彼女と別れた後も、胸の痛みはなくならなかった。  辛かったんだろうなぁ。普段の彼女なら、口にしなかったであろう言葉が私の胸を締め付ける。 「やっと手にした幸せ」  彼女の気持ちを考えて、少しだけ泣いた。  私にできる事など無いに等しいけれど、これから彼女が向かう部署が、彼女にとっての都になるといいな。
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