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ただ、ほとんどのあやかしは動物の様な姿をしていたり綿毛の様にふわふわとまっている様な者ばかりで、そもそも人に似た姿をしているもの自体少ない。
人と同じ言葉をしゃべれる者もまれだ。
日本語を話していても、ほとんど要領というものを得ない場合がほとんどだ。
しかも見る力の強弱で聞こえる声も違うらしい。
見かけたあやかしの何人かが同じことを言っていた。
私の家族にはその声は聞こえていない様だった。
曰く『世の中には穢れというものがある』らしい。
穢れは人やあやかしが生み出す汚れで、その反対の状態が明津というらしい。
私の見えているものはもしかして穢れや明津なのかもしれないと何人かのあやかしの要領を得ない話を聞いて思った。
ただ、私の話を聞いて信じてくれた人はいない。
自分で色々調べたところ明津は古事記に出てきた。けれど、それは今では創作とされているらしい。
綿毛の様なあやかしすら同じようには誰も見えてないと気が付いたとき、もう誰かにこの話をするのは止めようと思った。
自分の頭がおかしくなってしまっているのかもしれないとも思った。
他の人にはあやかしの話声もあまり聞こえはしないそうだ。
唯一神格を持ったあやかしとだけは会話をすることができる。
それが世間の常識らしい。
私の直接の知り合いに神格を持つあやかしはいないしそんな知り合いを持つ見える人間は世間ではセレブ扱いだ。
確認のしようも無いし、明らかに私だけがおかしなことを言っているという事も成長するにつれて分かってきた。
であれば私の見えているものはきっとおかしいのだろう。
私は、誰にも自分の見えているものの話はしなくなった。
けれど、周りは時々思い出したかのように私を嘘つきだと詰った。
誰も信じてくれないけれど、婚約者に位はと思って打ち明けて以降、彼は度々私を馬鹿にするようにかわいそうな女だと言うようになってしまった。
いっそのこと何も見えない方がよかったのかもしれない。そう思った。
あやかしを見る事の出来ない人間の方が世の中多い。
見えなくても多くの人たちは普通に生活をしている。
それであれば私も見えない方がよかった。
そう私が思い返していた瞬間だった。
嫌な気配がした。
穢れも嫌な気配を纏っていることがおおいけれど、それとは違うべっとりとまとわりつくようなものだった。
気配の方を見ると、面を付けたあやかしらしきものと目が合った気がした。
瞬間、金縛りあったように体が動かなくなる。
このあやかしが恐らく人間にとって悪いものなのだろうという事はすぐに分かった。
けれど、どうすることもできない。
ひゅっと自分が息を吸う音だけが聞こえる。
声は出せない。
声を出せたところで紬を助ける人間はいるのだろうか。
こんな時に助けて欲しいと思い浮かべられる顔が誰もいない。
シャン、と鈴の様な音がした気がした。
気が付くと目の前に、山伏の恰好をした人がいて、下駄をはいた足が、面をつけたあやかしを蹴り上げていた。
その人が私を助けてくれたのだと気が付くのにさほど時間はかからなかった。
面を付けたあやかしはすぐどこかに逃げていってしまった。
その人は夜の帳の色をずっと濃くした瞳と髪の毛をしていた。
私の髪の毛も黒目も、黒とつくけれど、こんなに夜の色はしていない。もっと茶色がかった色だ。
その人が人間でない事はすぐに分かった。
髪の毛の色だけではなく、見え方がまるで違う。
その神秘的な姿に山伏の様な和服を着ている。
腰から下げているのは多分刀だろう。
「あ、あの……ありがとうございます」
先ほどまでの出来事で喉はからからだったけれど、なんとか絞り出した声でそう言う。
「ああ、やっぱり俺が見えているのか」
その人はそう言った。
肯定する意味で頷く。
「あなたは――」
何のあやかしですか? そう聞こうとして上手く言葉にできない。
きっと私からは聞いてはいけない事だったのかもしれない。
こういう制約があるあやかしは概ね神格を宿している。
声の出ない唇を戦慄かせると「ああ、すまない」とその人は偉そうに言った。
「俺は今代の飯縄権現だ」
その人はそう言った。
「気安く、『イヅナ』とでも呼べばいいと思うがな」
彼の横にいた白狐が猫の様にしゅるりと足にすり寄る様な動作をしてから突然そう言って話に入ってきた。
この人は人ではないから、この人と一緒にいる狐もあやかしなのだろうけど、突然しゃべりだして驚いてしまった。
「そうだな、私のことはシロとでも呼んでくれ、なあお嬢さん」
これから長い付き合いになりそうだしなあ。
そう狐は言ったのち、するりと私の方に来て、ととんとテンポよく私の腕を中継して肩に飛び乗ってしまった。
「私は、一応少年のお供の様なものだ。
と言ってもこやつはまだ小童よ。なあ少年」
もふもふのマスコットみたいな白狐が流暢にそう言った。
「権現を継いでからまだ日が浅いだけだろう」
イヅナはそうシロに言った。
「俺はカラス天狗の一種なんだ」
それで山伏に似た装束を着ているのかと思った。
黒い翼が背中にあることにも気が付いた。
ああ、やはり人ではなくあやかしなのかと思う。
その羽も古風な恰好も違和感を感じることができない。
当たり前の様にそこにいる。あやかしはみんなそうだ。
「初めまして天狗さん」
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