イヅナ様と『嘘つき』な私

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 私がそう言うと、「イヅナでいい」と彼は言った。 「初めまして。俺の事が見える人間さん、あー名前は?」  そうイヅナに聞かれて名乗っていない事に気が付く。 「私は紬。女鳥羽(めとば) (つむぎ)」  紬がそう自己紹介すると、シロは「ふむ、女鳥羽の人間か」と何やら訳知りの声色で言った。  女鳥羽は見える家系としてそれほど有名ではない。  巫女だと名乗って社を建立している家系が世の中には沢山ある。そちらの家系の方が多分とても有名だろう。 「名を伝えて良かったのか? 呪われたらどうする」  イヅナが私に言った。  私はその心配はまるでしていなかった。  美しい夜の帳の色をした人と、その人と共にいるシロは多分とても古くからいるあやかしだろう。  纏っている色はとても珍しく美しい。  イヅナは人を呪えるのだろうか。それほど強い力を持っているのだろうか。 「だってあなたの纏っている色はとても綺麗だから」  つい口を出てしまった。  実際シロの周りの色はとても淡い金色をしていて美しい。  あやかしのいう明津そのものの様色に思えた。 「ほう。お嬢さん。じゃああそこには何が見える?」  怪訝な顔をされるか、それとも、無礼を嗜められるかすると思っていたけれどシロは鼻先で学校の屋上をさした。  そこには、灰色と薄汚い茶色を混ぜたような靄が広がっている。  いつの間に広がったのだろう。  少なくとも朝登校した時にはそんなものは無かった。 「あそこには穢れがあります」  そんな風に言ったら馬鹿にされるだろう。  また、いつもの様に嘘つき呼ばわりされるだろうか。 「アンタ、紬だっけ。すげえな、ちゃあんと穢れが見えるのか!」 イヅナが興奮した様子で私に話しかけた。 「すごいいい目をもってるんだな」  そう言って私に笑いかけた。  両親も友達も、そして婚約者も誰も信じてくれなかった。  私を嘘つきだと、自分がスゴイと思わせたいから嘘を言っているのだと言った。  一族と関連しているあやかし達も私には興味がないのか、私が話を聞いたあやかしと同じことは言ってはくれなかった。 「あなたは、私の見えているものを信じてくれるんですか!!」  だから、今まで誰も信じてはくれなかった、私の言葉をさも当然だと言うように聞いてくれるイヅナと名乗るその人にちょっとだけ驚いてしまった。 「そういうものがあるという事は知っているし、それにシロを褒めてくれたからなあ」  それに、試すみたいになってしまったが、あそこが俺たちの今日の目的地なんだ。  そうイヅナは言った。 「俺には見えないけど、そこが良くない事になってるから俺たちが派遣されたんだ」  イヅナが言う。  誰にという言葉が無いのでいまいち意味はつかみにくいけれど、あの気持ち悪い穢れをなんとかするつもりなんだろう。 「そんな事ができるんですね」  驚くとにやりと口角を上げてイヅナが言った。 「一応これでも神格ってやつがあるからな。 祓うとか清めるとかは一通りできる」  人の形をしている時点でそうなのだろうけれど、やはりイヅナは強いあやかしの様だ。 「私も一緒に行ってみていいですか?」  私が聞くとイヅナがたじろぐ。  シロが面白そうに笑うと「いいんじゃないか?」と言った。  それで私も連れて行ってもらえることになった。  学校の屋上につくまで、誰にも会う事は無かった。  禍々しい靄が一面に見える。  吐き気をもよおす匂いまでした。 「さすがにこれは見えてなくても碌でもないってわかるな」  イヅナが言った。  (つか)に入ったままの剣を腰から外すと、イヅナはそれを振った。  光が剣の柄から広がって一瞬で靄が消えてしまって驚く。 「すごい剣ですね」 「すごいのは、俺なんだけどね」  私が感想を漏らすとイヅナはそう言い返した。  その言い方が何だか意地っ張りみたいで紬は思わず笑ってしまった。 「なんだ、笑った方がかわいいじゃねえか」  イヅナはそんな紬にとって場違いなことを言い始めて、さらに笑いがこみあげてきて困った。 * * *  その場でイヅナとはさようならをして別れた。  そもそもあやかしの生活と人間の生活はまるで違う。  睡眠を必要としないあやかしもいるし、食事をとらないものもいる。  時間の感覚でさえ、様々だという。実際生きる時間が人間に比べて短いあやかしも長いあやかしもいる。  あやかしは人に寄り添って生きていると言っても、友になるべくいる生き物ではない。  だから、翌日高校に登校しようとした私に、イヅナ達がまた声をかけてきた時にはちょっと驚いた。  何か用事があるのか、それともこのあたりが彼らの縄張りなのか。私にはそのどちらなのかの判断はできない。  けれど、あやかしと連れ立って歩くのは割と目立ってしまうかもしれない。 「ああ、大丈夫。他のやつらからは見えないようにしているから」  神格のあるあやかしの得意技らしい。  事実周りの人間は見えない人間も見える人間も誰もこちらを見もしない。  いつもの状態だった。
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