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「お前は自分に大した力が無いことを隠したくて、そんな滑稽なことを言ってるのだろう?」
視える血筋を重んじる両親は私が幼いうちに婚約者を決めていた。
その許嫁である彼、高遠はことあるごとに私にそう言った。
彼が私の事を好きじゃない事は最初からちゃんと分かっていた。
私と初めて会ったときから不本意だという気持ちが全身からにじみ出ている。
そんな人と婚約し続けていることは私にとっては苦痛だったけれどそれが家の方針だからどうしようもない。
普通の家であれば、結婚する本人が嫌がる結婚なんてしないのだろう。
だけど私の家は他の家とはちょっと違う。
だから仕方がなく、イラついている婚約者に曖昧な笑みを返すと「お前は本当にかわいそうな女だよな」と言われた。
この世界には人ならざるものが生きている。
昔から人間と共存してきたその生き物を人は妖と呼んだ。
あやかしはひっそりと人間と寄り添うようにして生きてきた。
それは、確かにあやかしがいると証明された現代でも変わらない。
あやかしが歴史の表舞台にあまり登場しないのには理由がある。
人間の中にあやかしを見る事の出来るものとそうでないものがいたのだ。
見えない人間にとってあやかしは存在が不確かなもので、見えるものにとっては人と寄り添い生きる力あるもの達。
私の親戚達も、婚約者の家系も基本的には妖が見える。
神格のある生き物を見、奉ることのできることを誇りだと思っている。
実際見える人間は全人口のおよそ二割と言われている。
視覚を補正するための道具が開発された現代においても希少とされている。
見えるものは特別な存在で、子孫も皆見える方がいい。
そう私の両親も目の前にいる婚約者も考えている。
だから私と高遠はいずれ結婚しなくてはならない。
けれど一点、高遠には不満がある。
「大して可愛くも無い上に、まともにあやかしを見れないなんて、俺もとんだ貧乏くじを引かされたもんだ」
わかるか? と高遠が顔を近づけてきていう。
「しかも、とんだ嘘つきだ」
最後に言われた言葉がぐさりと心に刺さった気がした。
高遠は私の事を気にした様子もなく、「次の会合にはもっとちゃんとした恰好で来い」とだけ言って帰ってしまった。
* * *
私にも少しばかりの力があるというのは幼い頃から分かっていた。
血縁のある人間は当たり前の様に見えているし、まだ嘘を覚える前の年齢の時に、何かを目で追う仕草をする。
本人が自覚するよりも前にこの子はあやかしが見えていると両親は普通に気が付いていたらしい。
だから両親は当たり前の事として「ぼんやりとあやかし達の輪郭が見えるだろう?」と聞いたのだろう。
父母が指をさした先、そこには当たり障りのないあやかしがいることはすぐに分かった。
けれど、私に見えているのはそれだけではない。
私は、物心がついたときから、はっきりと見えるあやかし以外に見えているものがあった。
目の精度によってあやかしは影の様にぼんやりと見えたり、はっきりとそこに確かにいる生き物として見えたりするらしい。
そのあやかし以外に、靄の様なものが沢山見える。
それは色とりどりで視界のあちこちに広がっている。
一見靄の様に見えるそれはとてもきれいに見えるもの、少し気持ち悪いものとそれぞれだ。
その事について両親に言うと、最初両親は怪訝な顔をした。
それから、そんな事よりもここにぼんやりと影の様なものは見えないかと言われた。
そこにいたのは大きなカエルの姿をしたあやかしだった。
そのことを両親に伝えた。
けれど、両親は顔を見合わせて、「適当なことを言うんじゃない」と強い口調で言った。
念のため、一族の集まりでも同じことをした。
けれど、その時の周りの反応も概ね両親と同じで、最終的に、私はよく見えてないのに周りの気を引こうと適当なことを言っている。
そう言われるようになった。
学校へ行くようになってもそれは同じで、見える人だと知ったクラスメイトに同じものが見えているじゃないかと話かけてもいつも怪訝な顔をされて、最終的には嘘つきと言われてしまう。
特に、見えるものを特別視すべきだと考える人間ほど、私がそう思われたくて色々とでっちあげているという結論に達する様だった。
私は、自分の力が弱いのにそれを隠そうと適当なことを言う嘘つきという事らしい。
あやかしというのは人間ではない生き物でそして、特に長く生きるものの中には神格を帯びる物がいる。
神格というのは字の通り神の様な存在になっていくという事だ。
神に近づいたあやかしは殊更大切にされて社を建てて祀られている者も多い。
見える者たちは何となくこれは良いもの悪いものと感じ取れる場合が多く、良いあやかしとお近づきになろうとしている人間は思ったよりも多い。
神格のあるものの加護を貰えればご利益があるからだ。
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