0004 最適化される世界認識

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0004 最適化される世界認識

――できることを探すんだよ――  俺は、昨日の幻聴を思い出した。 「迷宮領主(この俺)にできること、か。なぁ、虫っころ、なんだと思う?」  そしてそれをそのまま、答えるはずがない、とわかっていたはずの幼蟲(ラルヴァ)に問いかけた。だが、驚いたことにラルヴァは俺の言葉を理解したかのように、卵の残骸を食むのを止め、じっと俺の顔を見つめてきたのだった。 「おう、ありがとうな。思ったより良いやつだな、お前」  生後10分強の巨大芋虫に気付かされたような思いだった。  "できること"とは、すなわち今俺の目の前にある、その巨大芋虫に他ならなかったのだ。  俺は【情報閲覧】をラルヴァに対して発動した。  青き魔素と白き命素が光の粒子となって周囲からより集まり、彼の者が何者であるかをこの世に情報として顕す、光の石板を形成していった。 【基本情報】 種族:蟲? 名称:幼蟲(ラルヴァ) 位階:1 【コスト】 ・生成魔素:40 ・生成命素:40 ・維持魔素:2 ・維持命素:3 【存在昇格】 ・進化:労役蟲(レイバー) ・進化:走狗蟲(ランナー) ・進化:???(条件を満たしていません) 「なるほどな」  『存在昇格(アセンション)』とは、迷宮の眷属が一定の条件を満たした際により進んだ(・・・・・)存在に自らを変化・変態させることである。迷宮核から新たな知識を得つつ、俺は俺自身の【蟲?使い】という権能の本質について考え始めた。  ――つまり幼蟲(ラルヴァ)は進化させることが前提の存在。  その意味において、正しく単なる"幼虫"に過ぎない存在である、ということだ。  幼蟲(ラルヴァ)に複数の『進化』先があるということは、すなわちその第一次進化先である【労役蟲(レイバー)】や【走狗蟲(ランナー)】、そして今はまだ「???」で伏せられている「○○蟲」にも、さらに複数の分岐した進化先があるに違いなかった。  そんな、進化と分岐を繰り返した「蟲?」達が色々な役割を持つ眷属(ファミリア)を成す。俺はそいつらを適宜適材適所で運用していく。  それが俺の迷宮領主(ダンジョンマスター)としての本質だということだろう。  ならば、俺が次に試すべきことは、決まっているも同然だ。  それは、今ラルヴァが進化することのできる2種の「蟲?」について確かめてみることだ。 「えーと、幼蟲(ラルヴァ)、お前に命じる。ちょっと【労役蟲(レイバー)】に"進化"してみてくれ」  最後まで言い終わるが早いか、まるで迷宮領主とその眷属の間には目に見えぬ絆で繋がった経路があるかのように、ラルヴァは「進化」と聞いた段階で、その黒い体をぶるりと震わせていた。 そして口から銀色の糸を吐き始め、くねくねと身をよじりながら、いそいそと繭状に自分の全身を覆っていくのだった。  【体内時計】により、ラルヴァが全身を包むまで10分ほどと計算できたため、俺は待っている間にもう1体、ラルヴァを生み出すことにした。  ついでに、どうして腹が減らないのかについても迷宮核の知識に意識を潜らせて調べた。  理由自体はあっさりとしたもので――迷宮領主(ダンジョンマスター)迷宮核(ダンジョンコア)から供給される魔素と命素によって身体機能を維持できる、ということらしかった。  食事ができないわけではなく、食事をしたならばその分、消費される魔素と命素が減るだけだということらしい。  そしてこの関係性は、迷宮領主だけではなく眷属にも適用される。魔素と命素が供給される限り、眷属(ファミリア)は通常は食事を必要としない、ということだった。  当面の食料確保を気にしなくてよくなった、ということだけでも大分気が楽になった。  俺だけでなく、今後増やしていくことになるだろうラルヴァとその進化先の眷属達の分も考えると、とてもわずかな量で足りるとは思えなかったからだ。  そうこう考えている間に、次の幼蟲卵の創生が終わった。  幾度もの失敗を越えて、俺自身ようやく魔素と命素の扱い方に慣れてきたところであった。  そしてなんとなく、この2体目の幼蟲卵に【情報閲覧】を発動させてみたところ、また新しい発見があった。 【基本情報】 種族:蟲? 系統:幼蟲卵(ラルヴァ=エッグ) 位階:1 【コスト】 ・生成魔素:30 ・生成命素:10 ・維持魔素:0 ・維持命素:1 ・孵化魔素:10 ・孵化命素:30 (孵化まであと10時間) ← NEW!!!  ステータス画面には、新たに「孵化までの時間」という表記が加わっていた。  この変化の理由として俺が思い当たることと言えば【体内時計】が技能レベル「4」に上がったことしかなかったが、これが事実ならば、何も何度も試行錯誤しなくても放置していれば「10時間」で勝手に孵化自体はしていたようだ。  何体ものラルヴァ=エッグを、混乱していたとはいえ思い込みと先入観から無駄に散らしてしまったことに、少し後味が悪い気分になったので、俺は目をつむって軽く弔いの気持ちを送った。  ……それだけで、それについてはそれでよし、と割り切る気持ちが生じたのは技能【強靭なる精神】の影響であったかは、俺にはわからなかったが。  時間を潰しているうちに、いつの間にか、最初の幼蟲(ラルヴァ)はすっかり繭玉に全身を包んでいた。  こいつに対しても【情報閲覧】を発動させて、その状態がどのように変化したのかを確かめてみると、次の通りだった。 【基本情報】 種族:蟲? 名称:幼蟲(ラルヴァ) 位階:1 【状態】 ・進化中(労役蟲(レイバー)) ・進化完了まで残り7時間58分12秒 ・残り必要魔素:0 ・残り必要命素:20  卵から孵化まで10時間といい、幼虫段階からの進化に8時間といい、ちょっと長くないか? そう感じて、しかしすぐに俺は、それがまた「RPGゲーム」的な先入観だなと気づいた。  たとえば、元いた世界の一般的な動物の妊娠期間などを考えてみれば、わずか10時間や8時間放置しているだけで「進化」するというのは、やはり破格のことではないだろうか。  「眷属(ファミリア)」は生物の常識に従いつつも、しかし生物の常識を越えた存在である、ということだ。それもまた広く言えば迷宮領主(ダンジョンマスター)に与えられた強大な力なのだろう。  ただし、今の俺の目的が「できることの確認」である以上、さすがに8時間もじっとしているつもりは無かった。外を本格的に探索してみたい、という気持ちが募っていたのだった。  だから俺は『状態』が「進化中」であるところの幼蟲第1号に、迷わず命素20を注ぎ込み始めるのだった。  すると、進化中ラルヴァのステータス画面で、進化までの残り時間が「1時間54分33秒」に短縮されたことに気づいた。  【闇世】(この世界)は、魔素と命素で満ちている。  ならばおそらく、ラルヴァにせよ他の「蟲?」にせよ、魔素と命素は放っておいてもそこらから吸収して孵化なり進化なりは、してくれるということだろう。そしてそれを早めたいならば、俺自身が【魔素操作】と【命素操作】によって、ある程度は促進してやることができる。  俺は進化中の幼蟲に魔素と命素を注意深く注ぎながら、あれこれと頭の中で計算をした。  ……あまり効率を重視しすぎるわけでもないが――俺には、「時間」をどうしても気にしなければならない、一つ大きな懸念があった。  迷宮核(ダンジョンコア)は【闇世】の防衛のための重要な存在である。  それはつまり、【闇世】全体の利益のために、それを確保し、管理するための者がいてもおかしくない、ということを意味している。  そして、そういう存在が確かにいた。  名を――通称で【魔王】と呼ぶが、もちろんこれは【人世】の人族からの蔑称。  "ルフェアの血裔"という種族内での、格式張った正式な名は【界巫(かいふ)】というらしい。  そしてまた俺にわかる言語(日本語)でそう表記されていることの意味を考えるなら、「巫」の字は、すなわち神からの託宣を受ける身分にあることを示す。  界巫とは、闇世の主神である【(まった)き黒と静寂の神】からの神託により、新たなる迷宮核の誕生を知覚できる、魔人族の最高司祭ということだった。  ……さて、それをどこの馬の骨とも知れない、この世界(シースーア)の正式な人族ですらない「異人」にして「客人(まろうど)」である俺が掠め取っているというのは、"魔王様"の目にはどう映るであろうか?  軍門に下るにせよ、交渉するにせよ、抵抗するにせよ、あるいは逃げるにせよ、今は早急に「できること」を確認して、そして体制を整えないといけない。  だから、あまり悠長にはできない、というのが俺の判断だった。    ***  2時間後。  ラルヴァが、吐き出した銀糸によって身を包み繭のようであったのは、本当に最初の十数分間だけだった。  内側から膨張した蠢く肉の塊が、形成途中の血管と神経と筋繊維をぶくぶくと泡立たせていた。  時折、黄緑色の体液をこぽこぽと軽く垂れ流しつつ、壮絶な再生とアポトーシスを繰り広げながら、新たなる肉体への変態のダイナミズムを進展させていた。  申し訳程度の銀糸はとうに肉に引き込まれてぐずぐずになっており――「蟲?」という"建前"すらかなぐり捨て、開き直ったかのような変異を幾度も繰り返していた。  えぐり出された巨人の心臓であるかのように、それはドクンドクンと規則的に鼓動をしており、この世界(シースーア)にいる俺がこう言うのもなんだが、「この世界の生命体とは思えない」ような、見る者に生理的な怖気(おぞけ)を催させる有様だった。  そう。  喩えるならば、エイリアンの"卵"であるかのような――。  そんな思考がよぎったのが運の尽きだった。 ――世界認識の最適化を検知――  ちょっと待て。  俺は嫌な予感を止めることができなかった。 ――以降、眷属の種族名を『エイリアン』に再定義――  思考を止めようとしたってすぐに止めることなんてできなかった。  迷宮核からの無慈悲な最後通告のようなシステム音。  ものすごく嫌だったが、しかし、そうしなければならないような気がして、俺は【情報閲覧】を自分自身に発動した。  そこにはこう表示されていた。 【基本情報】 名前:※※未設定※※ 種族:迷宮領主(人族[異人系]<侵種:ルフェアの血裔>) 職業:※※選択不可※※ 爵位:郷爵(バロン) 位階:1 状態:健康 【技能(スキル)一覧】~簡易表示 (種族技能) ・情報閲覧(弱):1 ・魔素操作:1 ・命素操作:1 ・欲望の解放:2 ・強靭なる精神:1 (称号技能) ・体内時計:4 ・言語習得(強):2 ・幼蟲の創生(クリエイト・ラルヴァ):1 ・因子の解析(ジーン・アナライズ):1 【称号】 『客人(まろうど)』 『エイリアン使い』 ← NEW!!!  五月蝿え、何が「NEW!!!」だ。  思わず「ステータス画面」に裏拳を見舞うが、何かに当たったという抵抗感は全く無く、俺の拳は空を切るだけに終わったのだった。  なんてこった、と天を仰ぎたい気持ちになった。  神々だとか、魔法だとか、魔王だとか、魔物だとか、そんなファンタジックな異世界によもや「エイリアン」だとは。  何かとてつもない冒涜的な行為をしでかしたような気分になって、肩を落とした直後。  生肉を力任せに引き裂く、水っけと"湿気り"を交えた独特の「孵化」の音が、目の前の繭を自称する鼓動する肉塊から響いた。  そしてそこに、粘度の高い液体を地面にぶちまけたかのような耳障りなねとねとした触感を存分に想像させてくれるような音とともに、労役蟲(レイバー)という「名称」とエイリアン(・・・・・)という「種族」をステータス画面に表示させた、粘液まみれの生命体が這い出してきたのであった。  ああ、うん。  お前ら「エイリアン」でいいや、もう。  俺は背中から大の字に地面に倒れ寝転んだ。
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