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絵里の唇が僕の唇に触れることはないのだけれど、その行動に込められた想いが嬉しかった。
「何か思い出した?」
念の為に聞いたけど、絵里は首を横に振る。そして、
「思い出した訳ではないけど、その時のわたしの気持ちは思い出さなくても分かる」
絵里は迷いなく答えると、僕をじっと見つめて優しく微笑んだ。
その後、僕達はしばらく芝生の上に寝転んで、ぼんやりと時を過ごした。
それぞれが、それぞれの想いに耽っていると、
「こんなところで何をしている?」
突然、背後から声を掛けられた。僕は身体を起こして声がした方を見る。
すると、そこには一人の女性が佇んでいた。
スラリとした細身の女性は白と紺のストライプのブラウスにベージュのロングパンツを身につけていた。
肩下まである黒髪を頭の上で一つにまとめ、目には細身のメタルフレームの眼鏡をかけている。手にしたバインダーや資料から、大学教員と思われるが、かなりの美人だった。
こんな知り合いいたかなぁ、と記憶の中を探っていると、
「神谷悠介くんだよな?」
と確かめられる。
ん?このハスキーボイスは……僕が思案していると、彼女は眼鏡を外して顔をよく見えるようにする。
「え、髙瀬杏奈さん?」
僕が驚きの声を上げると、
「正解」
と言って彼女はニヤリと笑った。
彼女は絵里と付き合う前に、僕が付き合っていた元カノだった。
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