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●第V話
そう考えながらも、そのまま眠りに落ちた どれくらい時間が経ったろうか?目を覚ました時は薄暗かった。
辺りを見回してみても人の気配は無かった いつのまに俺は寝てしまったんだろうと、ぼんやりと考え始めるが、すぐ傍に置いてあったスマホを手に取って画面を見た。
そこには午前1時過ぎの表示があった 2時間以上眠っていたことになる。
俺は大きく伸びをして上半身を起こした 頭が重い 疲れているようだ。
それもそうだろう、昼間にあれだけの事をやったうえに、夕食抜きだからな 喉が渇いていた。
水を飲んでからトイレに行ったが便意はなく 少し楽になったような感じだ リビングに戻ってソファーに腰掛けた。
煙草を取り出して一本口にくわえると火をつけた。
そして大きく煙を吸い込んだが吐き出さずにいると、だんだんと胸が苦しくなってきた。
これは良くないと思って吐き捨てた。
それからテーブルの上に灰皿があることに気付いた。
そこに手を伸ばしたが、指先に上手く力を入れる事が出来ない 手から灰が落ちそうになった。
そこでようやく気が付いた これではダメだ しっかりしなくては 何とか立ち上がった。
ふと壁にかけてあるカレンダーが目に入った。
日づけを確認する それは4月20日の事だった。
今日は何曜日だったっけ?と一瞬考えたがすぐに思い出す。
水曜日、そうだった。
俺は高校3年になっていた。
今日は俺の誕生日じゃないか。
だから両親はあんな事までして俺を連れ出したに違いない。
そういえば、昨日の夜、日付が変わった頃 両親が「ハッピーバースデー」と言い合って、その後、「これからも元気でいろよ」と言っていたのを思い出す どうせなら、もっと前からやってくれたって良かったのに。
しかし誕生日の祝いなんて何年ぶりなんだろう。
少なくとも子供の頃に祝ってもらった記憶は全く無い。
もしかすると物心ついた時から一度も無かったかも知れない。
だから自分の生まれた正確な日付すらも俺は知らない。
俺の本当の生年月日を知っているのは家族だけなのかも知れない それにしても両親は何のために わざわざ連れ出して俺を祝福してくれようとしたのだろう?俺へのプレゼントを買うためか、それとも両親自身の何かの記念日か……しかし、もうそんな事は確かめる事もできないのだが…… それを考えると寂しさを感じるが仕方がない 今の俺にとってはそれが現実だ ただ受け入れるしかないだろう それから再びソファに座ってテレビを付けた。
適当にチャンネルを変えてみるが面白い番組もやっていないので直ぐに消す事になる。
他にやれる事もないので本棚の前に立って本を引っ張り出すが読む気にはならなかった。
俺は何がしたいのだろう?そう思いながら窓の外を見てみると空が白んでいた
「こんな時間に起きてもしょうがないよな」と思いつつも、どうにも眠ることが出来ずにいる ベッドへ行こうとしたが立ち上がるのが面倒だった だからといって椅子の上で寝るのは無理なので床に転がることにした。
そうしてうつ伏せになって、ずっと外の風景を見ていた ふと俺は昔、同じような光景を目にしたことがある事に気付く そう あの頃は毎晩のように窓から景色を眺めていた その度に違うものを発見してはワクワクしたものだったが 今日という日に改めて同じ風景を見るのが、これほど辛いものだとは思わなかった。
それは多分、この世で俺一人だけが取り残されたという証のようなものだから 俺はこのまま死ぬのかもしれないと思うが不思議と恐怖感はない。
ただひたすら悲しくてやるせないだけだ。
涙は流れない 泣いてしまえば楽になるだろうが、そんな気持ちさえ湧いてこないのが悲しい 俺の悲しみを分かち合える人がいないというのは、なんて孤独なものなのだろう。
その孤独がもたらす感情はあまりにも深く俺を包み込んでいるから耐えられるのかも分からない。
もしかすると俺の心は壊れているのかもしれない だけど今は生きている こうして生き続けているから だから俺はまだ頑張らなければいけない まだ死ねない 生きていなければならない まだ諦めるわけにはいかないのだ。
俺に残されたものは何なのだろう? それは時間だけだった。
それだけが唯一の希望であり生きる目的なのだから。
あとどれだけの期間が残されているのかは俺自身でもわからない。
それでも最後まで頑張っていこうと心に決めた。
もう迷わない。
迷っている暇などないのだから…… 朝になり目覚めたが、やはり腹は減らなかった。
とりあえず顔を洗って着替えをした。
(了
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