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例の鞄は常に持ち歩いている。
篁は、私に一切気をつかわない代わりに黙って帰っても文句は言わない。
鞄に手を入れようとしたその時だった。
「何よ、ここ……。
シュンちゃん? どこ?」
振り返れば、栗色の髪をポニーテールにした若い女性がへたり込んでいる。
私と同い年くらいかな?
白いワンピースにブーツを合わせてる。
それにしても何だか色素が薄いような……。
っていうか、こんなに若そうな人がどうして?
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄る。
女性は、涙を溜めた目で訴えた。
「私、シュンちゃん……彼といたはずなんです。
どうして……」
「大丈夫。何かの間違いですよ。
上司に聞いてみましょう」
女性の手を取ろうとして空振りした。
色素が薄いと感じたのは、透けてるからなんだ。
「と、とにかく行きましょう」
女性を促して中央を目指す。
「篁さま!」
「むぅ」
私が女性をお連れすると、篁は少し眉を動かした。
「帰るが良い」
私が口を開く前に篁が羽扇を振る。
女性がいきなり消えた。
え──?
篁は、何事もなかったかのように再度自席に沈み込む。
「た、篁さま。
今の何だったんですか?」
「透けておっただろう」
面倒くさそうに口を開く上司。
透けてって……あの女の人のこと?
「あの娘は、何らかの事情で一時的に昏倒したのだ」
昏倒って、気を失うみたいなことよね。
そういう場合もここに来るんだ。
そっか。
気を失ってるだけの時は体が透けてる。
で。消えたってことは俗世で意識を取り戻している、と。
もうちょっと丁寧に説明してくれたっていいのになぁ。
「でも良かったぁ」
私は胸を撫で下ろした。
「あの女の人、すごく不安そうだったから。
あんなに若い人が冥界に来るなんておかしいですよねぇ」
確か、彼と一緒だったって言ってた。
オシャレしてたし、きっとデート中だったんだろう。
だとしたら、彼氏の方も今頃安心して──。
篁が、閉じていた瞼をふっと開けた。
切れ長の目を意味深に光らせながら、こちらに視線を流す。
顔は、ため息出るくらい綺麗なんだよなぁ。
……何よ?
今日、やけに見てくるじゃない。
思わず見つめ返しちゃう。
も、もしかして篁って私のこと……。
篁が、花弁のような唇を開いた。
「阿呆が」
ちょっと!
何なの、この人──!?
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