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夢じゃなかったみたいです。
暇かと問われれば確かに暇だ。
100件目の会社にも落ちちゃったし。
「仕事をやる。参れ」
どこへ?
小野篁と名乗る彼は多くを語らず、枕元に手を伸ばす。
そしてあろうことか、置いてあった私の鞄を開けた。
「ちょ、やめてよ! 私の!」
使い込んだグレーのビジネスバッグ。
見られたくない物だって入ってる。
乙女のプライバシーを勝手に覗くな。
抗議しようとした次の瞬間。
信じ難い現象が起こった。
小野篁が、私の鞄に吸い込まれて消えた。
◇
私の怪我は奇跡的に打撲だけで済んだ。
当たりどころが良かったのか?
トラックと接触したことを考えれば一生分の運を使った気がする。
翌日には退院。
自室へ戻ると、気になるのは“小野篁”だ。
あれは夢だったのか。
就活用の鞄を開けてみれば、ポーチや企業のパンフレット。
いつもと変わらない物が目に映る。
ここに、本当に人が吸い込まれたのか──?
ふと思い立ってスマートフォンを手に取り、検索画面を開く。
小野篁。あった。
実在した人物だ。
平安時代の、超やり手の官僚。
歌人でもあった。
百人一首の……そんなの、あったっけ?
ともかく。
お上にも平然と楯突く人であったらしい。
それが災いして流罪になるも、見事復活を遂げている。
その激しい一面から『野狂』と渾名され、現在の単位で188cmほどの高身長でもあったとか。
人でありながら冥界へ通い、閻魔大王に仕えていたという信じ難い伝説まである。
「嘘でしょ」
あれが、歴史上の人物?
病院での出来事が現実だったかどうかも定かでない。
でも、すごく綺麗な人だった……。
引き寄せられるように鞄の中に手を入れた。
ポーチやハンカチをかき分け、鞄の底に手がつくと──。
「あ」
確かに引っ張られる感覚があった。
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