川瀬の独白

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川瀬の独白

僕たちは、岸野葵に嘘をついている。 あの日初めて会ったと思わせておいて、 実は初めてではなかったという事実。 遡ること3年前。 私立s高でそれは起こった。 隣のクラスで女の子たちに混ざって1人、 大人しくてかわいい男子がランチをしている のは知っていた。 そして、それがある女の子の恋心が きっかけで始まったということも。 神代綾。 2年次のクラスで机を並べたことのある、 明るく元気な女の子だ。 ある日彼女は教室で、 他の女の子に冷やかされていた。 「綾が岸野と話せた!委員会の連絡事項で たった一言だったけど。良かったねえ、綾」 「もう止めてよお、恥ずかしいなあ」 他のクラスに岸野という男子がいるのかと 佐橋と教室の片隅で聞いていた。 「青春だな」 「ああ、僕たちには関係ない話だけどさ」 春になり、3年次のクラス替え。 彼女が念願叶って、その岸野と同じクラスに なったことを知り、神様っているんだなと つくづく思った。 そして、彼女を取り巻く数人の女の子が 岸野にアタックして、ランチメンバーに 引き込んだのだ。 完全に蚊帳の外だった僕たちでもここまで 情報を掴めるということは、これはかなり センセーショナルな出来事だった。 学校は共学ではあったし、 男女同じクラス分けだったが、 何故か男子と女子の交流は少なく、 個人的に付き合っている人もあまりいない、 そんな校風だったからだ。 早くランチを食べ終わり、 廊下から隣のクラスを佐橋と眺めたことが ある。 「岸野くん、結構かわいい子だよね」 「由貴、好みのタイプ?」 「ああ、かなり」 実際どんな人となりかはわからなかったが、 大人しく儚さも垣間見られる彼に淡い気持ちを抱くまでには時間はかからなかった。 とはいえ、彼が僕たちと同じ嗜好を持つ人 だとは思ってもみなかったから、このまま 彼は彼女と仲良くなっていくと思っていた。 だからある夏の日に彼が中庭で 1人静かに弁当を食べているのを見て、 あれ?何かあった?とすぐに心配になった。 「神代さん」 陰キャだが行動力がある佐橋は、 会話は数回したことのある彼女に声をかけ、 何故彼をランチメンバーから外したのか 核心に迫った。 「やだ、佐橋くん。気になる?」 「まあね。岸野は陰キャの星だから」 「何てことないの、私が振られたからよ」 「マジ?」 「ちゃんと告白した訳じゃないけど、 岸野くん好きな人がいるって優子がね」 「へえ」 そうだとしてもいきなりハブにするなんて 女って怖いなあと、僕のところに帰ってきた佐橋は笑った。 結局、彼の好きな人はわからなかったが、 彼は卒業まで誰とも絡むことなく、 静かに僕たちの前から消えていった。 だから3年の時を経て、それも彼の方から 声をかけてくれたこのチャンスはモノに したかった。 それは 過去に芽生えた彼への恋心を育てること。 これは彼にちゃんと言った方がいいのかな? とはいえ、好きになったら最後までしたい 気持ちが隠せない僕たちだから、 かわいい彼を誘惑して先に抱いちゃうけど。
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