消えた夏休み

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 時々、ごっそりと時間が飛ぶことがある。  たとえばイスにすわってまばたきをした次の瞬間、次の日の朝になっていたり。  土曜日の夜ふとんに入って、目を覚ましたら月曜日の朝になっていたり。  ……終業式が終わってようやく夏休みだと思ったら、もう九月一日になっていたり。 「……いや、おかしくない!? なんでもう夏休みが終わってるの!?」  思わずそんな声が出た。  ついさっき終業式を終えて家に帰ってきたところなのに、トイレに行って出てきたら夏休みが終わっていた。  そんなの、いくらなんでも信じられない。  しかしあたしを見るお母さんの目はキビしく、あきれたようにため息をつかれた。 「はあ……あれだけ遊んでたのに何言ってるの。チコクするから早く準備してきなさい」  どうやらあたしはずいぶんと夏休みを楽しんだようだけど当然そんな覚えはないし、どれだけ頭の中を探ってもそんなキオクはひとつもない。  朝ごはんを食べながらお母さんの説教を聞き流し、ぼんやりと思い浮かべたのはキオクソウシツだ。  少しだったり、全部だったり――とにかく自分のキオクが消えてしまうことだと、前にテレビドラマで聞いた。  ぞわりと寒いものを感じながら、ひとつひとつ自分のことを思い浮かべる。 (……あたしは神崎(かんざき)あやめ。猫柳(ねこやなぎ)小学校の五年生で、成績は中の中。好きな食べ物はアジの塩焼きで、好きな人は同じクラスのサトルくん)  大事なことは忘れていない。  それこそ本当に、夏休みのキオクだけがないのだ。 (ヘンな病気じゃないといいけど……)  そんなことを思いながら、食べ終えた食器を片付ける。  そして出かける前にランドセルの中身を確かめようとして――固まった。  ……だ。  イヤな予感がして夏休みの問題集を引っ張り出し、ページをめくる。  どのページも真っ白だ。 (……やっぱり、消えたのはキオクのほうじゃない!)  さすがに問題集を放り出して遊ぶような性格はしていない。  あたしの夏休みは、こつぜんと消えてしまったのだと理解した。  
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