第五回愉怪屋杯用作品(没作品)

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第五回愉怪屋杯用作品(没作品)

「ぅぅううう、もう許じでくだざい」 「はぁ? そんな言い方をしたら、アタシがアンタをイジメてるみたいだろ」  泣きながら懇願する麻紀の元親友を足蹴にする優香。もう三か月以上、こういう状況が続いていた。  助けてあげたいけど、イジメられる側になるのが怖くて、麻紀は見て見ぬふりをする。 ――ごめんね。ごめん。   麻紀は心の中で、何度も何度も謝った。中学の時からの親友だったのに、自分を守るために、彼女のことを見捨てたのだ。  そしてその翌日に、彼女は学校の屋上から身を投げて、わずか十六年の生涯に幕を閉じてしまった。 「おい、大丈夫か?」 「ん、んんぅぅん?」  身体を揺すられて目を覚ますと、ずっと片想いをしていて、昨日からお付き合いをすることになった、職場の先輩でもある木村智也の心配そうな顔があった。 「はい。大丈夫です。ちょっと怖い夢を見ていて」 「何だよそれ。俺と付き合った途端に、悪夢を見てうなされるとかないだろ?」 「ごめんなさい」 「あはは、冗談だよ。それより朝飯作るわ。コーヒーとトーストで良いだろ?」 「あ、はい。じゃあ私が」 「いいよ。俺んちだし、今日はゆっくり寝てな」  全裸の智也はベッドを抜け出し、ティーシャツを着ると、パンツとズボンを履いてキッチンに向かう。  その姿を見て、麻紀は自分が全裸であることに気がついた。   まさか昨日お付き合いをすることになったばかりなのに、先輩の家に泊まって、初体験を済ませるなんて、夢にも思っていなかったけど……。 もちろん後悔なんてしていないし、今は幸せな気持ちでいっぱいだった。  ベッドから身体を起こし、先輩に脱がされて、ベッドの下で丸まっている下着を拾い上げる。  こんなことになるのなら、いつもの着古した下着じゃなくて、新品の可愛いのを着けてくるんだったのに……。   麻紀は下着を身につけると、昨日と同じ服を着た。本当は朝早くに起きて、一旦自宅に戻って着替えてお化粧をしてから、出社したかったのだけど、思い切り寝過ごしてしまったので、今日はこのまま出勤しなくてはならない。  あとでシャワーだけ借りよう。 「トースト焼けたよ」  先輩に呼ばれて、ダイニングに向かう。テーブルの上には、ハムエッグの乗ったお皿と、トーストと、バターとイチゴジャム。  そしてホットコーヒーの温かな香り。 「さぁ、食べよう」 「はい。頂きます」  麻紀は砂糖とミルクをコーヒーに入れると、スプーンでよくかき回してから、コーヒーに口をつけて、その味と香りを堪能した。 その三日後。  智也の部屋のチャイムが鳴る。 「はい」  玄関ドアを開けると、二十代前半の茶髪の女が立っていた。 「電話した三杉です」 「はい。どうぞ」  智也は中に招き入れる。 「早速なんですけど、麻紀とお付き合いされてるんですよね?」 「あ、その前に、コーヒーでいいですか?」 「あ、いえ、お構いなく」 「まぁ、そう言わずに。麻紀も僕の淹れたコーヒーは最高に美味しいって誉めてくれたんです」  智也は事前に落としておいたコーヒーを、カップに注ぐと、三杉の前に置いた。 「そうなんですね。ところで話の続きなんですけど」 「ええ、三日前だったかな。突然告白されちゃって、それでOKしたんです」 「で、その日はここに泊まったんですよね?」 「ええ」  三杉はコーヒーカップに砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。 「麻紀からメッセージが来て、アナタと付き合い始めたことと、ここに泊まったことは分かっているんですけど、昨日会うはずだったのに、連絡がなくて、何度も電話をかけたのに繋がらないんです」  三杉はコーヒーに口をつけた。 「そうなんですよ。今日は出勤してなかったので、僕も心配になって電話をかけたんですけど、繋がらないんですよね」 「自宅へは?」 「それが……知らないんですよ。彼女の家」 「そうなんですか?」 「ええ、実は僕が知っているのは、電話番号と彼女のSNSだけなんです」 「そうですか……」 「あなたも?」 「ええ、実家は知ってるんですけど、今住んでいる場所は……やっぱり警察に届けた方が良いのかしら」 「いや、ただ連絡が取れないだけなのに、事を大きくして何も無かったら彼女に怒られると思うんです。なのでまずは実家に連絡をして、今住んでいる場所を聞いてはどうでしょう?」 「確かに、そうですね。ここからそんなに遠くないし、アタシ行ってみます。コーヒーご馳走……」  三杉は立ち上がりかけて、そのまま膝をつく。 「えっ?」 胸が苦しい……。見上げた麻紀の彼氏の口角が、ニヤリと上がった。 「麻紀のスマホから、君にメッセージを送ったの……俺なんだよね」  すでに智也の台詞は、三杉には聞こえていないようだ。 「さてと……」 智也は三杉の身体を抱え上げると、バスルームへ運んだ。 その三日後に刑事が二人、智也の部屋へとやって来た。 「警視庁の中岡です」 「同じく原田です」  警察手帳を提示される。智也は本物の警察手帳を、生れて初めてみた。 「えっと……あの……」 「こちらの女性をご存じですね?」  そう言って刑事が取り出したのは、麻紀ではなく、三杉の写真だった。 「え、ええ。ご存じという程ではないのですが、僕が交際している女性の友人です」 「そうですか。ではお伺いしますが、三杉優香さんはここに来ましたね?」 「えっ、あ、はい。僕の彼女と連絡が取れないと言って」 「その後、三杉優香さんが行方不明になっていましてね。それでその足取りを追っているところなんですが……」  中岡と名乗った刑事は、部屋の奥を見て、フッと息を吐いた。 「どうやら三杉優香さんは、すでにお亡くなりになられているようだ」 「えっ!」  智也が素っ頓狂な声をあげる。 「まぁ、信じてはもらえないでしょうが、実はワタシ霊感体質でしてね」 「は? 何を言ってるんですか? アナタ警察官でしょ?」」 「この部屋に三人の女性の霊がいますね。ショートヘアーのセーラー服の女の子と、二十代くらいの清楚な感じの女性と、そして三杉優香さんです」  中岡は智也を無視して続けた。 「アンタ何を言ってんの? 頭は大丈夫なのか?」 「まぁ、そう思われても仕方ないんですけどね……。でも、あのセーラー服の女の子の霊、可哀想に……」 「可哀想? どういうことです?」 「二人の女性の霊に、イジメられているみたいで、怯えています」 「う……嘘だろ……」  智也の身体がわなわなと震える。 「死んでまで尚、アイツらにイジメられているのか……。いや……」  違う。そう仕向けたのは自分だ。  なぜなら、妹を自殺に追い込んだ、三杉優香と川村麻紀を殺したのは、他ならぬ自分なのだから……。  幼い頃から可愛がっていた妹を、自殺に追いやったヤツらを、ずっとずっと恨み続けて、いつかきっと復讐をしてやろうと心に決めて、ようやくそのチャンスに巡り合えて、想いを遂げられたと言うのに……。  これじゃあまるで、本末転倒じゃないか。 「詳しいお話は、警察署で聞かせてもらえますか?」  中岡刑事に肩を叩かれて、智也は床に崩れ落ちると、見えない妹に向かって、泣きながら謝った。 「因果応報って言ってねぇ……。悪いことは出来ないもんですよ。さぁ、行きましょうか」  中岡刑事は、泣き崩れた智也の肩をポンと叩く。 「ほら、立って」  原田刑事に抱え起こされ、智也は力なく立ち上がった。 ――助けてお兄ちゃん。苦しいよ。もうイヤだ。助けてよ。  原田に肩を抱えられて、部屋を出た智也には、残念ながらその声は聞こえなかった……。
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