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1.終末
学校から電車で十五分。
目的地はそこからバスで二十分ほど進んだ先にある。
恵美の興奮気味の会話に耳を傾けながら、車内の様子を眺める。乗客は俺達を含めても少なくしんとしていた。新聞紙を開く老人と、雑誌に夢中になる中学生ぐらいの少年二人。媒体は違えど、ここ最近の大々的な見出しは両者共に共通していた。
『今夏の人類滅亡 その真相に迫る』
『人類滅亡の危機 考えられる要因とは』
思わず目を逸らしてしまった。半ば現実逃避のために恵美の誘いに乗ったのに、これでは殆ど意味がない。もう何も考えたくない。少しぐらい楽にさせてほしい。
視界のみならず耳も塞ぎたくなるそんな中で、チリン、と軽快な音が鳴り響く。バスの降車ベルだ。ふと横を見ると、ボタンに指を添えながら「着いたよ」とはしゃぐ恵美の姿があった。
近所で一番高い山の上にあるその建物は球体に白いペンキを塗りつけたように味気ない。
館内はドームの外周に廊下が伸びており、壁には近日公開予定の演目のポスターが三、四枚ほど貼られている。入口を抜けてすぐの場所にチケット売り場と小さな売店があり、絵葉書や星座の本などが販売されていた。
「……何かこういうの見るとわくわくするよね」
俺が二人分のチケットを購入している間、恵美は絵葉書の棚をじっと眺めていた。
「私達が普段見ている空のもっと先に、こんなに幻想的な世界が広がってるんだよ? スケールが大きすぎて想像つかないや」
「……まあな」
「何だか今見てる世界がちっぽけに感じるよね。進路で悩んだり友人関係で悩んだり。人類が滅亡するとかどうかも、宇宙からしたら些細な出来事でしかないんだろうね」
しばしの沈黙を挟んでから、恵美は再び口を開く。
「……何が起きるんだろうね。やっぱり隕石が降ってくるのかな。恐竜の時と同じように」
「また縁起の悪いことを」
呆れた風に俺は溜息をつく。
こんなことを言うぐらいしか出来なかった。
「その話やめないか? せっかく来たんだから、楽しむことを考えようよ」
「だって、仁は気にならないの? なるべく苦しまないように死にたくない? それと、出来るだけ独りで死にたくはないかも。最期ぐらい、誰かと寄り添って死にたいな」
「どうかね。人生、そんな都合のいいように出来てないし」
「何でそんな他人事みたいに言うのさ。もしかして、仁はそういう説信じない派?」
「それはもう──」
言葉が詰まりかけるのを、強引に吐き出した。
「……信じないよ。何の根拠もないし」
「……ふうん?」
怪訝そうな目をこちらに向け、恵美はすくっと立ち上がった。俺の手から一枚チケットを盗み取ると、すたすたとシアターの入口へと向かっていく。
「信じるか信じないかは人の自由だけど、何もせず傍観するよりは何か心に決めておいた方が良いと思うの」
数歩歩いた先で、不意に彼女は後ろを振り返る。
「その方が、本当に何か起きた時に後悔しなくない?」
「……恵美らしい意見だね」
「そうかな。私にからしたら当然の意見だと思うけど」
一瞬だけ小首を傾げたところで、どこかおかしかったのか、ふっと花を咲かせるように朗らかに笑った。少しだけ笑い声が大きく、心配になって周囲を見渡したものの、俺達の他には従業員以外誰も居なかった。
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