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終章
バス停までの道を、一歩ずつ踏みしめるように進む。近道となる商店街は全てシャッターが下げられており、閑散とした空気を漂わせていた。恐らく営業時間を過ぎたからだろうが、もしも件の噂が関係していたら、と考えると思わず身震いしてしまう。
「神様って、ホント意地悪だよね」
夜空を見上げながら、不意に恵美はそう言った。
左右のシャッターが、カタカタと風に刺激されて鳴いている。
「だって、私達がこんなに苦しい想いをしてるのに、誰も救いの手を差し伸べようとしてくれないんだよ? きっと見えないところで、私達が迎える運命を笑いながら眺めてるんだ」
嘆息して、彼女は足元の小石を思い切り蹴った。
「ホント、神様に文句言ってやりたい。何処にいるんだろうね、あの人達。空の向こうが宇宙なら、天国は何処にあるんだろう。宇宙よりもっと遠い場所かな」
「そんな場所、本当にあると思うか?」
「うーん、よく判らない」
もう一度、恵美は小石を蹴る。今度は遥か遠い場所まで飛んで行って、夜闇の中に消えて無くなってしまった。
「でも、せっかく死ぬ運命なんだから、最期ぐらい神様にぎゃふんと言わせたいよね。この運命を見放したことを後悔させられるような、壮絶な最期を見せてやりたい。それこそ映画みたいなね」
「ふうん……あ、ならこうしようか」
妙案を思いついた俺は、恵美に向かって人差し指をピンと立てる。
「俺達二人が星座に残るようなことをしてみないか? 例えば天地がひっくり返るような革命を起こすとか」
「ええぇ? 革命だけじゃ星座にはなれないよ。それだったらもう既に色んな人が星座になってるわけだし」
「ううむ、それもそうか」
「だったら私達二人の絆を見せつけて嫉妬させた方が良いんじゃない? 双子座のディオスクロイみたいに」
「うっ……それは恥ずかしいから却下」
「何でよ!」
ああだこうだ言う恵美に赤面したことがばれないよう、俺は顔を逸らす。
──幸福。
その一言にも終わりがあると実感すると、胸が締め付けられる。
永遠にこの時間を堪能したい。
そんな些細な願いすらも神様は叶えてくれない。
だけど、もはやそれでいい。
残された僅かな時間を、恵美と過ごしていけばいい。それこそ彼女が言っていた通り、神様が嫉妬するぐらいの絆を見せつけてやればいい。そう考えれば、幾分か楽になる。むしろ残りの人生に相応の価値が付加されたようで、生きる意欲が湧いてくる。
俺達の運命は、神にどうこう出来るほど容易いものじゃない。
それこそ星座として遺るに相応しいほど、輝かしいものなのだから。
「改めまして、これから宜しくね。……うーん、違うな。これだとその場限りの仲的なニュアンスになっちゃうな。じゃあ、こう言おうかな」
後ろで腕を組んで、恵美はにかっと笑う。
今度は心から笑ってると確信できるような、眩しい表情で。
「……これからも、宜しくね。仁」
その瞬間の星空は、プラネタリウムの何倍も、怖いぐらいに綺麗だった。
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