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序章
今年の夏に、人類が滅亡するらしい。
数年前に発覚して以来、テレビを付ければその話題で持ち切りだった。
その影響もあってか、高校の教室の中は夏休み前だと言うのにピンと引き締まっている。それこそ何か些細な衝突が起きた途端に、全体が混乱の渦に巻き込まれてしまいそうなほど。不良が廊下で暴れて先生に怒鳴られているのは相変わらずだけど、他は一カ月前と全然空気が違くて居心地が悪い。
そんな行く先が闇に包まれている最中、幼馴染の恵美ははにかみながら言った。
「ねえ、仁。この後、私に付き合ってよ」
空が白い雲で敷き詰められた、重苦しい放課後だった。早足で昇降口に向かった先に彼女は立ちはだかっていた。三つ編みに結った髪に白のセーラー服。丸い童顔に浮かび上がる悪戯っぽい微笑みが、俺の胸を軽くつついてくる。
「付き合うって……何にだよ」
「プラネタリウム。星を観に行くの。最近雨が多くてうんざりしてるから」
「は? それって、今から?」
困惑して、自分の着る学ランを見下ろす。
「流石に一旦帰りたいんだけども。着替えたりとかしたいし──」
「だめ」
ただ一言そう言って、恵美は強引に俺の腕を引っ張った。
「お、おい。ちょっと待てって」
「やだ、一分も無駄にしたくないの。このご時世なんだよ? 楽しめる時に楽しまないと絶対損するって」
「解った。解ったから、とりあえず靴ぐらいは履かせてくれって」
土足の部分まで引っ張られそうになったところで、納得したのかぱっと手を離した。上靴を下駄箱に入れながら嘆息する。小さい頃からいつもこうだ。「これがしたい!」と決めた途端、すぐ行動に移し周りの人間を巻き込んでいく。何度酷い目に合ってきたか、数え出したらキリがない。
「靴履いた? それじゃあ行こう! あ、こっそり逃げたりしたら許さないからね?」
最後に釘を刺してから、再び恵美は腕を強く掴み、校門に向かって大股で進んでいく。上下に揺れる三つ編みと、太陽のように眩しい背中。どんな瞬間でも楽しそうに過ごす彼女のことが、俺はずっと前から好きだった。
だからこそ、彼女の姿を見る度に胸が締め付けられる。この夏が過ぎた頃には、きっと世界ごと消えて無くなってしまってるだろうから。
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