第0章 序章。

1/1
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/81ページ

第0章 序章。

時は群雄割拠の戦国時代…。 数多の群雄達が現れては消えるそんな儚き世に突如現れたその男は… 「俺は…戦国乱世の理を全て壊す!」 戦国乱世における(ことわり)を 全て壊そうとしました。 そのために鋭き爪痕を残そうと 派手な人生を生きたのでございます。 その破天荒を極めた男の名前は… 織田信長でございます。 尾張国の弱小大名・織田信秀の嫡男として乱世に生を受けた彼は… 信長「全てを統治する者となる。」 いつしか乱世の(ことわり)を壊す事だけに(こだわ)るようになりました…。   信長「乱世の理なぞがあるから… 悲しみは消えないのではないのか?」 そのために信長は、 神すら超越した存在になるという 人間が持ってはならぬ(よこしま)で身の程知らずな願いを持つようになってしまいました…。 信長「世が乱世である以上神をも超える実力を持たねば乱世の理なぞ壊せるはずあるまい!」 信長の掲げた理想と…抱えた問題。 それを知ったとしても隣に居続けた女性がおりました。 その女性は… 帰蝶「父は蝮で夫は魔王。では私は?」 (まむし)〈=斎藤道三〉の娘として生を受けたものの異母兄である斎藤義龍と仲違いをした父親の道三はもうこの世におらず帰る家を失い信長しか寄る辺がない帰蝶だけは残りましたが… 信長が寵愛していた寵姫の椿(つばき)はその命を持って信長に抗議しもうこの世にはおりませんでした…。 信長「椿(つばき)でなく(うぬ)が俺の側に残るなどとそんな筋書き、誰が書いたのだろうか?」 帰蝶「…知りませぬ…」   帰蝶と信長は夫婦関係こそ冷え切っていたもののお互い寄る辺のない者同士今思えば目に見えない絆で結ばれていたのかもしれません。 但し… 帰蝶「私とてもし可能ならば見えない絆よりも信長様の寵愛を受け生きたかったのですが…。椿様のように…」 帰蝶は受け取る事が出来なかった信長からの寵愛を得たのが椿(つばき)と呼ばれる女性でした…。 椿「没落貴族ではありますが… 私は貴族の誇りを胸に生きる事を誓っておりまする…。」 椿の父親は没落貴族で… 時が平安時代ならば裕福な家庭の娘として椿も幸せになれたはずでした…。 しかし… 没落貴族である椿の父親・ 藤原時信は、 藤原時信「さっきから没落、没落と良い言葉みたいに連呼するでないわ!」 疫病〈=流行病〉に罹った時も薬代すら払えずその命を落としました。 そんな藤原時信が遺した最期の言葉は 藤原時信「産まれる時代を間違えた…」 五月(さつき)「貴方!」 椿とその母親である五月は、 藤原時信の遺した屋敷を守りながら 暮らす事になりました。 すると… 信長「では…我が寵姫になり 家を修繕するが良い。」 信長と運命の出逢いを果たした椿は、その慈悲に縋り寵姫となりました。 但し… 信長「乱世の理を壊すなら… 思い切った事をせねばならぬ…。 天下布武(てんかふぶ)である!」 天下布武(てんかふぶ)とは… 武力を用いて天下を取るという 傍若無人な思想だと思われており… 1番信長の近くにいた椿すら… その思想を誤解しておりました…。 椿「天下布武とは武を用いて天下を取るという意味ですからつまり信長様は、人の心を武で縛り天下を取るおつもりなのですね…。」 天下を取るためであるとは言え 武で人の意見を強制的に変えようとする信長に対して椿は意見を述べようとその命を持って抗議しました。 信長「平手の(じい)に続いて 椿までも…俺の前から去るなぞ…」 信長の近くにいたはずの人間は… 信長の行動や思想に関して誤解を懐き信長の元から姿を消してしまう…。 それか… 例え… 信長の隣にいたとしても心を閉ざし… 悲しげな顔をしながら信長を見つめているかのどちらかになります。 前者を信長の寵姫である椿(つばき)と信長の教育係である平手政秀とするならば… 後者は信長の同母妹である お市の方でございました。 お市「兄上は一体何を目指しているのです?兄上が創られる世に幸せはあるのですか?」 お市の方と信長は前述した通り、 母を同じくする兄妹になります。 ただ…お市の方には、 その兄が何を考えているのか… これからどこを目指しているのか… さっぱり分かりませんでした。 信長はお市の方や 自身の側室である生駒類のように… 悲しみに暮れる人達を見るのが、 とても苦しく感じておりました。 だからこそ… 誰も悲しまない世を築く為に、 全ての敵を圧倒的な武力で制圧し、 天下を統一する脚本を書き始めたのですが…自身の気持ちを言葉にする事が苦手な信長であるからこそ全てにおいて誤解が生じてしまっていました…。 お市の方「武で人の心を縛る世に幸せを見出す事なぞ出来ませぬ…兄上は間違っておられます…。」 お市の方が告げた通り、 抵抗する者を圧倒的な武力で制圧する事など悲しみと怨みばかりが増えてしまう絶望的な世の中になります…。 そんな世の中を誰も望まないと 声高らかに異を唱えたのは… お市や平手政秀…椿だけではなく… 浅井長政「強きを用いて 弱気を(くじ)くなぞ…」 織田信行「あってはならぬ事…。 皆が助け合う世の中でなければ… 次なる争いが…」 浅井長政「起きてしまいまするぞ…」 お市が発した言葉に怒りを感じた 信長の脳裏に浮かんだのは… 織田信行(おだのぶゆき)…信長とお市とは同母兄弟だったものの抱いた大志の違いが元で…袂を別つ事に… 信長『信行…。汝は命、喪った今でも俺のやり方に異を唱えるのか…?』 そして… 浅井長政(あざいながまさ)…お市にとって最愛の夫で今でも誰より愛する存在である…。 信長『長政…汝までも…!』 お市「兄上…?」 お市を通してお市がこの世から去った今でも想い続けて止まない2人の影が 見えてしまったのでございます。 信長「長政と信行は弱き者だった故、 歴史の渦に飲まれただけ…そなたも弱き者と同じく歴史の渦に飲まれたいと申すか?」 長政の思い…信行の思い… 1番近くで見ていたからこそ痛い程 その思いを知っていたお市は… お市の方「長政様も…兄様も弱き者ではありませぬ…!兄上はどうしてそんな冷たき方になってしまったのですか?まるで魔王に魂をお売りなさったかのようでございます…」 信長「…お市…。」 信長は信長なりに乱世を終わらせたいと思っておりましたが結局お市とはわかり合う事が出来ずもの別れとなってしまいました…。 時は西暦1582年05月02日のこと、 まだ時はあると信長は深く考えませんでしたが…戦国乱世の渦は…容赦なくその信長をも巻き込きました…。 奇しくもお市との会談がもの別れに終わったあの日からちょうどひと月後。 明智光秀「信長! 私はそなたの手駒ではない!」   信長は明智光秀にとって今は亡き最愛の妻・ひろ子との思い出の地である坂本城まで召し上げようとした事を深く怨まれてしまい西暦1582年06月02日未明、京の本能寺にて信長は50年〈=数えで50歳だが満年齢は49〉の生涯を閉じる事になってしまいました…。 織田信長「是非に及ばず〈=仕方あるまい〉但し…この信長の髪1本とて光秀にやってはならぬぞ。蘭丸!」 森蘭丸「はっ!心得ておりまする。」 その世継ぎである信忠も… 二条城にて明智光秀と戦ってはおりましたが…多勢に無勢…。 信忠は許嫁であり忘れ得ぬ初恋の姫・松姫を正室にするため呼び寄せていたというのに…その命はまさに… 風前の灯火でございました…。 織田信忠「斯くなる上は…信長の子として華々しく最期を迎えるより他あるまい…」 こうして…織田信忠は、 二条城にて自害する事になり… 松姫「…信忠様…」 京へと向かっていた松姫は、 江戸に進路を変更して 出家する道を選びました…。   その法名は信松尼(しんしょうに)… 信忠と松姫2人の名前が仲良く寄り添っている法名でごさいました…。 戦国乱世で驚くべきカリスマ性を発揮した信長とその忠実なる息子だった 信忠を喪った織田家は… 後継者争いに揺れる事となりました。 そのため柴田勝家、丹羽長秀、 羽柴秀吉、池田恒興と言った織田家にとって忠実なる家臣達を清洲城に集め 開催された清洲会議では… 柴田勝家「織田信孝殿こそが相応しい」 柴田勝家(しばたかついえ)…織田信長の父親である信秀の代から織田家に仕える古老の家臣である。 柴田勝家からの言葉に丹羽長秀と池田恒興は何も意見を述べませんでした。 柴田勝家「是か否かくらい口にせぬか…?そなた達一体どうしたのだ?」 すると… 呼ばれていたのに遅刻してきた 羽柴秀吉が幼子を抱き抱えながら… 颯爽と現れました…。 羽柴秀吉「皆々様、信長様、信忠様亡き後跡目を継ぐに相応しき人材は信忠様の若君であられる三法師様以外に考えられませぬ…」 柴田勝家が異を唱えようとする寸前 池田恒興が話に割り込んだかと思えば 池田恒興「羽柴殿の申される事こそ道理なり。俺もその意見に従おう。きっと亡き大殿〈=織田信長は既に信忠に家督を譲っているため古老の者達は信長を大殿と呼んだ。〉もお喜びになられるであろう。」 池田恒興(いけだつねおき)…織田信長の乳兄弟でいつも信長の傍らにおりその姿は…本物の兄弟さながらでした 柴田勝家「裏切るのか?恒興。 大殿の事を本当の兄であるかの如く 思っていたそなたが…!」 理屈は通ってはおりますが、 三法師はまだ僅か3歳の幼子…。 柴田勝家が反対意見を口にするのも まさに道理でございました。 しかし… 羽柴秀吉「憎き明智光秀を成敗したのは誰であろうか?この秀吉ですぞ…。」 主を討ち滅ぼし全てを敵に回した明智を討ち滅ぼした秀吉は正義であり織田家では既に絶対的な存在になっており   丹羽長秀「私も羽柴殿の御意見に従おう。信孝様、信雄様ではあのお方の背には届きませぬ…。」 丹羽長秀及び池田恒興が羽柴側についた事で柴田勝家は絶対的な不利となってしまいました…。 誰からもその名前が出なかった 織田信長の次男である織田信雄は、 信長とその寵姫である生駒類との間に産まれた息子なのですが同母兄である信忠と比べると全てにおいて劣っています。 ちなみに織田信長の三男である信孝は身分の低い女性から産まれたため、 信雄よりは数日早く産まれたのですが三男扱いになってしまいそのせいか極めて卑屈な人間となってしまいました 但し… 柴田勝家「織田信孝殿が跡目を継ぐべきだと儂は思う!」 柴田勝家だけは絶対的不利ではあるものの織田信孝を推しましたが池田恒興はそれに対して苦言を呈しました。 池田恒興「柴田殿、琴葉の気持ちも少しばかり慮って頂けませんか?」 恒興の妻・琴葉は織田信長の実弟である信行の正妻であり…その寵姫でした 琴葉「私に坊丸を置いて恒興殿の元へ再嫁せよ…とは何たる残酷な宣告をなさるのですか?」 2度も織田信長に対して謀反を企てた信行は信長に暗殺されました…。 そして琴葉は信長の命により 池田恒興に再嫁し元助、輝政らを産みましたが…坊丸〈後の津田信澄〉は、 信行の教育係でもあった柴田勝家に預ける事になりました。 しかし… 信澄は本能寺の変で舅だった 明智光秀が信長を討ち滅ぼしたため、 織田信孝により命を奪われました…。 しかし… 柴田勝家「その時は丹羽殿が 信孝様に付き従っていたではないか?」 柴田勝家の言うとおり信孝と長秀は 港のある大坂で四国を治める長宗我部元親を討つため軍勢をまとめており… その中に信澄も名前を連ねていました   それに… 柴田勝家「儂はその時与力である前田利家と軍神たる謙信の世継ぎである景勝と相対しておった…」 魚津城は何とか落とした柴田勝家ではありましたが景勝と兼続からの反撃に遭い京へ向かう事は叶いませんでした すると…  丹羽長秀「全て私の責任にするとは! 確かに私は信孝様、信澄殿と大坂におりました…。但し…信孝様は1度こうだと思うと…それを貫くお方なので…こちらの話を聞く耳などお持ちにはならぬ…あの時も家臣である信澄殿の言い分も聞かず一方的にそのお命を奪われてしまったのだ…」 丹羽長秀が語る信澄の最期を聞いた 恒興は悲しそうに俯きながらその拳を強く握りました…。 そして… 恒興「信澄殿の言い分も聞かず 一方的にその命を奪った者に織田の家督を継がせては家臣達の命が幾らあろうとも足りぬではないか?」 池田恒興からの提案に皆が頷いた事で 柴田勝家はようやく気づいたのです。 柴田勝家「もしやそなた謀ったな! 3歳の子を当主に命じ織田家の威光を地に落とすためであろう。そなたが天下を取るために…」 但し… 証拠は何ひとつなく羽柴秀吉は、  涼しい顔をしながらいつもの調子で… 羽柴秀吉「何のお話でございましょうか?この猿がどのようにして謀れると仰せか?まさか…柴田殿までこの猿が信長様と信忠様を討つよう光秀に命じたなどと世迷い言をお信じになられるのですか?」 柴田勝家『大殿とお館様の死で1番 得をするのは間違いなく秀吉である。』 柴田勝家は心の中で呟きましたが 証拠らしき証拠など何もありません… 羽柴秀吉「何も証拠がないのに… 柴田殿がこの猿をお疑いになられるのですよ…。ひどいと思いませぬか?皆々様…。」 池田恒興「さすがに柴田殿と言えど証拠もないのに羽柴殿を疑うなどあまりにもひどいと思いますが…」 柴田勝家に対して苦言を呈すると 今度は柴田勝家の隣に座り数多の戦で共に戦った丹羽長秀までも… 丹羽長秀「私も池田殿と 意見を同じく致す…」 羽柴方の味方になる事を宣言した事で 柴田勝家は孤立してしまいました…。 柴田勝家「…織田を見捨てるのか?」 2人とも勝家からの問い掛けには何も答えずそのまま会議はお開きとなり… 織田家の跡目は三法師〈=後の織田秀信〉が継ぐ事にはなりました。 それでも織田家の将来を案じ 次なる手を考えていた柴田勝家に 奇跡が起きました…。 それは… 織田信孝「清洲会議では私の事を推して下さり感謝しております…。このままでは織田家の権威は地に堕ちまする…それを防ぐ為にも我が叔母を柴田殿の正室にして頂きたいと思うのですが…」 信孝の叔母とは… 浅井長政と死に別れ織田家に出戻り、 3人の娘を育てていた織田信長の妹であるお市の事でございます。 柴田勝家「…無論、幸せにします。」 ずっとお市に恋い焦がれていた 柴田勝家は夢見心地になりながらも この吉事を受け入れました…。 けれど… お市にとってその心の真ん中で 生き続けているのは… お市「許して下さいね、長政様。」 永遠に…恋い焦がれている唯一無二の夫である浅井長政…ただ1人…。 だけど… 柴田勝家にとっては… 柴田勝家「毎朝起きればお市様… いや…お市が隣にいて毎晩…寝る時にも隣にお市が…」 舞い上がるどころの騒ぎではなく、 嬉しすぎて足元がふわふわしておぼつかないくらいでございました…。 しかし… 絶世の美女であるお市に恋い焦がれる男はそれなりにおりまして… 羽柴秀吉「…絶対!許さん!」 柴田勝家と同じくらい…いやそれ以上お市に恋い焦がれていた羽柴秀吉は、 怒り心頭に発すという状態になっておりその場に寝っ転がりまるで幼子のように身体をバタバタしていました…。 黒田官兵衛「秀吉様、女人1人の為に怒り狂われて如何なさる?天下をその手に治められるのではないのですか?」 秀吉の軍師である黒田官兵衛は、 今は亡きもう1人の軍師である 竹中半兵衛の思いを受け継ぐため… 竹中半兵衛『官兵衛殿、皆が笑って暮らせる争いなんかない世の中を秀吉様と共に作ってよ。俺の代わりに…さ。』 秀吉が目指す皆が平穏無事に暮らせる笑顔の溢れたそんな世の中を目指してその志を隣で支えておりました…。 秀吉「(てる)殿一途な官兵衛と 儂は違う…。儂にとっては… 恋だけが生きる源なのよ…!」   すると…   秀吉の背後から分かりやすいくらい 強い殺気を放ちながら秀吉の正室であるねねが現れました…。 ねね「お前様!」 秀吉「ねねか?誰かと思うたわ… 全く…あんなに殺気を放っては 物騒ではないか?」 秀吉の軽口なぞ気にも止めず ねねは本題を話し始めました。 ねね「お前様の浮気癖なぞ昔からだから気にもならないけれど… 利家殿とまつ殿の事を考えているの?」 利家とまつは秀吉とねねにとっては 家族ぐるみでの付き合いがある大切な存在でございます…。 それに… ねね「利家殿は柴田殿の与力だから… 裏切らない証として摩阿姫を人質として柴田殿に預けているのよ…」 摩阿(まあ)姫とは… 前田利家とその側室である柚貴(ゆき)との間に産まれた娘で利家にとっては3女であり柴田勝家にとっては姉の瀬津(せつ)の孫に当たる佐久間十蔵の許嫁になっている。 秀吉「ねね、分かってはおるが… 摩阿姫は人質ではなく佐久間十蔵の許嫁として北ノ庄城に住んでいるのだぞ…」 ねねは秀吉からの返事に怒りを露わにしながら黙ったまま秀吉を追い掛けておりました…。   秀吉「ねね、落ち着いてくれ!官兵衛、何とかしてはくれまいか?」 軍師たる黒田官兵衛の知謀は、 夫婦喧嘩をどうにかするために あるわけではないので… 黒田官兵衛「夫婦喧嘩は犬も喰わぬと申しますので…お好きにどうぞ…」 秀吉はあっさりと見捨てられ… 勢いを増したねねからものすごい勢いで追いかけ回される事になりました。 秀吉「…助けてくれ!」 一方その頃、 秀吉とねねとは妻であるまつ共々 家族ぐるみの付き合いである 前田利家は深く悩んでおりました…。 前田利家「親父には… 何度助けられたか分からぬ…」 利家は柴田勝家の与力でもあったため複雑な立ち位置で苦悶の表情を浮かべながら娘である摩阿姫の暮らす北ノ庄城がある方角を見つめていました…。 柚貴「利家様、摩阿の事をお見捨てにはなさりませんよね?」 利家の隣には竹中半兵衛の正室であり 利家の側室として再嫁した柚貴(ゆき)が悲しそうな顔をしながら娘の身を案じ利家の隣に寄り添っていました…。 利家「…ああ…」 利家の肩には長きに渡り与力として可愛がってくれた柴田勝家の命運と… 友である羽柴秀吉の紹介で側室として迎える事になった竹中半兵衛の未亡人・柚貴との間に産まれた摩阿姫の 命運…。 正室であるまつと共に長きに渡り 家族ぐるみでの付き合いがある 大切な友である秀吉の命運…。 3人の命運を少なくともその肩に 背負う利家の胸は切なく軋み… 利家「…男が涙を流すなんて…な…」 それは泪となり大きな利家の瞳から 溢れ止まらなくなりました…。 柚貴「泣かないで下さりませ… 利家様、勝家様ならきっと温情ある扱いをして下さります…ね?」 利家が北ノ庄城を見つめながら 涙を流しその隣で寵姫である柚貴が オロオロしながら慰めているまさに その頃… お市「また戦になるの?私の大切な人はまた私の前から姿を消してしまうの…?」 織田との戦で最初の夫・浅井長政を喪った事があるお市は… 再嫁して1年しか月日が経っていない柴田勝家の胸に縋り泣き崩れました… 柴田勝家「…お市、泣かないでくれ。そなたの涙を見るのはこの身が切り裂かれてしまうくらい辛いものなんだ…」 しかし… 思えばお市の人生は、 西暦1583年までの36年間、 泪なしでは語れぬくらい 悲しみが繰り返し訪れた人生でした。 お市「勝家様、勝ちますよね?」   柴田勝家「こればかりは時の運ではあるが、必ずや勝ってみせよう…だからもう涙を流さないで…お願いだから…」 時は西暦1583年06月01日、 皆の悲しみと不安を乗せ、 時は無情に進み続けておりました。 勝家がお市の泪を何とかして止めようと言葉を尽くしているその頃、 摩阿姫「…」 北ノ庄城の外では柴田家の与力となっている前田利家の事を娘である摩阿姫は案じておりました…。 織田信長から突然解雇された前田利家を与力として雇ってくれたのは… 柴田勝家でございます…。 だからこそ… 摩阿姫の父親である 前田利家の今日があるのは… 柴田勝家のお陰ではありますが… 前田利家が解雇されお金がない時に、 食事などなどを前田家に提供してくれたのは羽柴秀吉とねね夫妻でした。 摩阿姫「お辛いでしょう…父上様…。」 摩阿姫を産んではないものの… 前田利家の正室であるまつは… その身を案じ写経をしておりました… まつ「摩阿姫が… 無事でありますように…」 柴田家と羽柴家双方に恩があるため、 板挟み状態となっている両親を案じる摩阿姫ではありますが… もうひとつだけ… 案じている事がありました。 それは… 佐久間十蔵「摩阿姫…。柴田が負ければ俺達の未来もなくなってしまうよ…」 摩阿姫「十蔵様…」 佐久間十蔵(さくまじゅうぞう)… 柴田勝家の姉である瀬津(せつ)の孫に当たり柴田勝家にとっては甥の子になるので2人の年は然程(さほど)離れておらず摩阿姫の許婚に十蔵を推したのは柴田勝家になります…。 摩阿姫「…勝ちますよね…」 摩阿姫は父母の事を思えば複雑ですが十蔵と寄り添って生きる未来を心の中で強く願っておりました…。 すると… 十蔵「案ずる事はない…。だから…戦いに勝った後の事を考えよう…ね?」 十蔵は、 摩阿姫を後ろから抱きしめながら… 耳元でそのように囁きました。 摩阿姫「はい…」 摩阿姫は抗う事など出来ない戦の気配に怯えながらも愛しき声とその体温(ぬくもり)にしばしの間ではありますが現実を忘れ甘える事にしました。 摩阿姫「十蔵様、 お慕いしております。」 十蔵「俺も初めて見た時から 摩阿姫に惹かれておりました。」 摩阿姫と十蔵が甘いひと時を過ごしているまさにその頃… いつの間にか秀吉を追い掛けるのを 止めたねねは北ノ庄城がある方角を見つめながら…親友の娘である摩阿姫の身を案じておりました。 ねね「利家殿、こんな事になって本当にごめんなさい。この戦、勝っても負けても辛い戦いになるでしょうね…」 すると… 秀吉「おっかあには儂がおる!」 落ち込む妻を励まそうと思ったのか いきなり声を張り上げた秀吉に対してねねは…激しく怒り狂ってしまいました。 ねね「私はお前様のおっかあになった覚えは全くありません!」 秀吉もねねにはどうやら頭が上がらないようで怒り狂うねねの機嫌をどうにかして直そうと考えたようですが… 秀吉「官兵衛、 何か…おっかあの機嫌を直す策はないのか?」 しばらく悩んだ結果、官兵衛に相談したものの幾ら天才軍事である黒田官兵衛の叡智を頼ってみたところで… 黒田官兵衛「自業自得という言葉を秀吉殿は御存知ないようですな?それに夫婦喧嘩なぞ私と(てる)には無関係ですからな…」 秀吉「ええのぅ…儂とおっかあにとって夫婦喧嘩なぞ日常茶飯事じゃ…」 秀吉の嘆き節はさておき… 北ノ庄城にて近づく戦の気配に怯える お市の方の人生は…悲しみの連続でした。 それはきっと…織田信長の妹として産まれたあの日から定められた運命だったのかもしれません…。
/81ページ

最初のコメントを投稿しよう!