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渋滞→息抜き
前方のテールランプが消えたので、ブレーキペダルを浮かせてそろりと進む。
すぐにランプが灯る。止まる。雨と、ワイパーの擦れる音だけになる。
完全に渋滞にハマってしまった。恵美は人差し指でハンドルを数回叩いて、軽く息を吐いた。夕飯を含め、予定をこれでもかと詰め込んだ久しぶりの旅行で、時刻は夜の9時を回っていた。あとどれくらいで家に着くだろうか。明日、寝不足で仕事することを考えて、げんなりした。
悟志は助手席で寝るでもなく喋るでもなく、ただ前を向いている。昼間は子供のようにはしゃいでいたが、帰り道に入ってから口数が減った。
旅行を提案したのは恵美だ。お互いに就職してから4年目で、仕事は一層忙しくなり、加えて最近は、恵美の母親の体調不良により、悟志を残して実家に帰ることも多かった。旅行に行きたかった気持ちは本当だが、少しだけ、会話の少ない日々が続くことへの恐怖もあった。
旅行は概ね成功だった。帰路に就くまで天気は持ちこたえ、恵美も悟志も事故なく運転した。知らない土地を理解しないまま歩くのが楽しかった。目星をつけていたグルメを網羅した。お土産屋で、ご当地キャラクターのキーホルダーをお揃いで買った。恵美と悟志、どちらにそのキャラが似ているかで盛り上がったのは学生時代と同じだった。ただ、あの頃のようには、未来の話はしなかった。
悟志は今、何を考えているのだろうか。恵美と同じくらい、旅行を楽しんでくれただろうか。付き合い初めて5年以上になるが、最近は気持ちが分からない瞬間も多い。ラジオをつけようかとオーディオに手を伸ばした時、悟志はそれを制するように、顔を恵美に向けた。
「海外転勤の話があって。ベトナムで3年。まだ軽く聞かされているだけなんだけど、近いうちに正式なオファーが来ると思う」
一瞬、視界の情報がすべて失われた気がした。海外転勤。その言葉だけが響いた後、元の景色が少しずつ戻ってくる。それに合わせて、頭が急速に回転し始めた。
お母さんはどうしよう。体調は落ち着いているものの、何かあればすぐに帰れるところに居たい。仕事も大きなイベントの準備期間だから、抜けると迷惑がかかる。友達の結婚式など、すでに決まっている約束もある。私がここに残るとして、結婚はどうするの?
悟志は恵美の理解を待つように、またしばらく口を開かなかった。
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