雨上がりの恋人

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 引っ越してきて間もないから、他人を部屋に入れたのは初めてだった。  シャワーの音に耳を傾けながら、菜摘はソファーの上で膝を抱えた。  こんなことってあるのかしらと、まるで夢を見ている気分だった。  シャワーの音が止まる。  やがて洗ってある服に袖を通した汗臭くない皐月が横に座った。  家具家電は買い換えていないから、このソファーに皐月が座ることは日常的すぎた。 「なんで2年も」  皐月の方を見ず、膝に顔を埋めた菜摘が言った。 「いろいろ回っていたら海外に住みたくなって。住むならどこがいいかなあって選んでたら、つい」  と皐月が言った。 「ついって期間じゃない」 「うん、ごめん」 「いつ日本についたの?」 「4日前。菜摘の家行ったら他人が住んでた」 「だから実家?」 「当てが他にないから聞きに行った。まじ遠かった」 「うちが田舎じゃなかったら住所なんてきっと教えないと思う」 「田舎で助かったよ。お母さんによろしくお伝えして」  2年間のブランクがまるでないように会話が進む。 「で、これからどうするの?」  住むところがないなら暫くうちにいてくれても構わないと言おうとした。  けれども皐月の返答はとんでもなかった。 「菜摘、一緒に来ない?」 「どこに?」 「スウェーデン。仕事も見つけてきた」 「スウェーデン語なんて話せない」 「英語も通じるから大丈夫」 「つまりどういうこと?」  唐突すぎて頭が追いつかない菜摘に皐月が言った。 「菜摘、結婚しよう!」  海外に行ってみたいと言っていた皐月は、そのうち結婚しようとも言っていた。  どっちかが本音でどっちかが嘘というわけではなかったようだ。  よくばりなだあ、でも。  だって皐月だから、という感想が浮かんできて、菜摘はなんだか可笑しくなってしまった。笑いが込み上げる。 「え、ひどいよ」  イエスもノーも言わずに笑った菜摘に皐月が苦情を漏らす。 「だって」と言ってから菜摘は深呼吸をした。 「色々と規格外れの皐月らしくて、と思ったら、つい」  待っていた人が迎えにきたのだから一緒に行こうと菜摘は一瞬で決めた。  あちらで暮らすまでにはやることがたくさんあって大変そうだけれど、その先には皐月との未来があるのだったら。 「規格外って。そうかなあ」  皐月はそう呟いたけれど、2年も音信不通になっておいてしれっと訪ねてきたのだもの。  でもきっと。皐月にとってはあっという間の2年だったのだろうと菜摘は思った。腰を据える場所を見つけてきてしまったのだから。  それに、待っているっていうのは長く感じるものなのかもしれない。 「皐月、これからもよろしく」  菜摘がそう言うと、皐月が「緊張したー!」と嘆息した。  皐月でも緊張することがあるのかと思うと、菜摘はまた笑ってしまった。 完
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