お前、正義の魔法少女じゃねえのかよ！？

第二話 聖乃とキア

　夕焼け空の下、聖乃は川沿いのサイクリングロードを歩いていた。

「聖乃ちゃ～ん！」

「おう、佐藤のばあちゃん」

　真っ直ぐに伸びた道の横手はちょっと低くなっている。そこに立つ古い平屋の庭先から腰の曲がった佐藤のばあちゃんが笑顔で手を振っていた。

「昨日は屋根の修理、ありがとうねえ。今日も夕立があったでしょう？　聖乃ちゃんのおかげで雨漏り、ぜーんぜんしなかったわー」

「そりゃあ、よかった！　でも一時しのぎだから。ちゃんとしたところに修理頼めよー！」

「はぁーい！　今週末、息子が来たときに相談するわー」

　佐藤のばあちゃんに手を振って再びサイクリングロードを歩き出した聖乃はため息をついた。

「昨日は佐藤のばあちゃんのところに泊めてもらえたけど、今日はどうすっかなぁ。家には帰りたくねえしなぁ」

「家に帰りたくないなんて不良てん！　悪の魔法少女にぴったりてん！」

「誰だ！？」

　きゅるんとしたアニメ声に聖乃が振り返るとモッフモフの生き物だかぬいぐるみだかな何かが浮かんでいた。聖乃の顔くらいの大きさで、顔くらいの高さをふよふよと浮かんでいた。
　見たことのない生き物だかぬいぐるみだかだが、強いて言うなら――。

「……貂(てん)？」

「違うてん！　強いて言うなら熊かテディベアてん！　地球の何の生き物だかぬいぐるみだかに似ているかと言われたら熊かテディベアてーん！」

「いや、でも熊にしては胴長……」

「熊かテディベアてーん！　ア・クーマ星人のキアが貂に似てるわけがないてん！　ないてーーーん！」

「わかった、わかったよ！」

　びーびーと泣き出すキアに聖乃は耳をふさいだ。語尾が〝てん〟なのに貂(てん)じゃないのか、なんて野暮も飲み込んだ。

「それで？　熊だかテディベアだかが何の用だよ」

「地球の何の生き物だかぬいぐるみだかに似ているかと言われたら熊かテディベアてんけど、キアは熊でもテディベアでもないてん」

「熊もテディベアもこんなにベラベラ喋んねえしな」

「キアはア・クーマ星人のキアてん。キアと契約して悪の魔法少女になってほしいてんよ！」

　聖乃のツッコミを無視してキアは神妙な面持ちで言った。

「いやだよ」

　全く悩まずに聖乃は答えた。

「いやてんか！？」

「悪の魔法少女ってあれだろ？　五十年くらい前にも現れて地球を破壊するとかなんとか言って世界中から叩かれて、最終的には正義の魔法少女に物理的に叩かれたアレだろ？」

「アレてんね」

　そう言いながらキアはうつむいて目にいっぱいの涙をためた。

「いやてんか？　キアと契約して悪の魔法少女になってくれないてんか？」

「いやだよ」

　もう一度、きっぱりと言って聖乃は土手にドサッと腰をおろした。
　そして――。

「でも、事情も聞かずに追い返すのは筋が通らねえからな。とりあえず話だけは聞いてやるよ。ほら、座れ！」

　隣をポンポンと叩くとキアを真剣な表情を見上げたキアはぶわぁ！　と目にためていた涙を垂れ流すとアニメ声で叫んだ。

「悪の魔法少女なのに優しいてーーーん！」