epilogue

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ふいに強い風が吹いて、桜が舞い上がる。 「わっ」 「これは…見事だな」 清顕さんが手を目の上にかざしながら、前方の小道まで歩いて出る。 視界いっぱいに薄ピンク色の桜の花弁。清顕さんの後ろ姿が、かすむ。 「すごい…」 翠くんは斜面を駆け下りる。歓声を上げながら、手を広げてくるくる回る。 「きれーい…! 見てください!」 追いかけて翠くんの手をつかむ。 瞬間、視線がまっすぐつながる。 遠心力で足がもつれて、そのいきおいで桜の木の陰にひっぱり込む。 見てるよ。 「…行かないで」 抱き寄せる。 「どこへですか?」 不思議そうな顔をして、でも、逃げない。 俺はしばし翠くんの感触と小ささと匂いに浸る。 「…これはお兄ちゃんに、翔太さんには言うなと言われていたのですが」 え。なになに。 「翔太さんの持つノウハウや人脈を残すのは、後々の学校のためにもなるって」 「…へえ」 んなこと言ってたんだ。正直ちょっとうれしい。 うん、俺も実行委員がんばる。 「いっしょにやるって、やっぱクリスマスかな。付き合い始めてちょうど1年の記念になるし」 「え…そういったことは道徳的にいかがなものかと…倫理にもとりますよ」 りんりに、もとるって何? 「もちろんほかのやつらにはバレないようにやる。俺そーゆうの超、得意だから」 「…知ってます。でも」 でもなに? でこぼこした桜の幹に翠くんの背中を押しつけて、キスをしようとする。 「…だめ、」 目が泳いで清顕さんを探す。 「…お兄ちゃんが気になる?」 迷いなくこくりとうなづく。 「俺だけを見てよ」 目を丸くして、俺を見上げる。それから俺の腕に手をかける。え、何。 「み…っ、みてます」 一生懸命だ。シャツをぎゅっとつかんでくる。 「僕は翔太さんのことが好きなのに、どうしてそんなこと言うんですか?」 訴えかける瞳。 もうだめだ。 なけなしの理性が、ふっ飛んだ。 少しだけひらいた唇が、誘っているみたいで。俺の無遠慮な唇を近づける。 翠くんといっしょにいると。 ガッコにこんな場所があったんだ、ここから見るとこんなふうに見えるんだ、って思わせられることが多い。 なにもかも違って見えるし、それがとてつもなく大事で、楽しい。 柔らかくて甘いのはお菓子のせいだけじゃないはずだ。 片目を開くと、清顕さんがこっちに歩いて来る。 残念、時間切れだ。腕の力をゆるめると、翠くんの唇から息がもれた。照れくさそうに笑う。
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