事務リーマンと転職なんちゃら男子

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*   *   * 「う、宇田君!」 「おはようございます」  昨日あれから「では僕はこれで」と、脱力した脚をなんとか踏ん張り、至極冷静に笑顔だけを残して席を立った。背中にものすごい視線と圧を感じて振り返ると、何があってもへっちゃらそうなエロ後輩が、雨にたたずむ子犬みたいな瞳で僕を見ていた。  僕は笑顔を二割増して「また、明日」と一声かけて、店を去った。  今朝、会社のエントランス前でエロ後輩が僕の出社を待ち構えていた。  僕は至って普通に挨拶を交わす。 「昨日は、あの、」 「大丈夫ですよ。僕はなんとも思ってませんし昨日の事、誰にも言いません。信用してください」 「う、宇田ちゃあ~ん!」  ヒソヒソしたトーンを真似して返事をすると、エロ先輩はうれしょんしそうな勢いで僕に飛びついてハグしてきた。  エロ後輩の体温は高くて、僕はふくふくした胸筋に顔を埋めた。されるがまま、身を預けた。  会社の前でびっくりしたけど、正直……嬉しい。 「僕はあなたの絶対的な味方ですから。だって僕らは今日からパートナーでしょ」 「せっかく営業デビュー決まって仕事組んだばっかなのに、えらい話聞かせてどうしようって流石の俺も反省したしびびっちゃって。だけど、宇田ちゃん、いい人で良かったあー! 最高の相棒だよー」  くぐもった声で、抱きしめられたまま囁くと、歓喜の返事が身体中にビンビン響いて伝わってきた。  ――そう、今日から仕事上のペア。僕は一晩考えが周りに回って、答えを出した。  昨日、本人達だけが気づいてなさそうな惚気茶番を全幕見せられ、あんな相手がもうエロ後輩に居る事を知り、ショックだったし、落ち込んだし、イラついたし、何故だか悲しかった。  だけど、考えすぎて自己救済な結論に至った。  ノンケだと思ったエロ後輩は、こっち側の才能ありありだし、これから一番近くに居て公私ともに助けることが出来るのは、この僕だ。  営業のノウハウは、同職の先輩に学べばいい。この人は営業自体の資質がある。僕は手を取られる顧客,見積,スケジュール管理を完璧に補佐する。  僕が全力でサポートして支える。前職なんかに戻らせやしない。  それに幸か不幸か、お近づきになった初日にプライベートの特濃部分を知った。社内で二人だけの秘密を持てた。
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