売物件

8/22
前へ
/223ページ
次へ
 ――その髭も、「落ち着いて見えて、商品の説明に説得力が出る」というわかるようなわからないような理由で生やし続けている。  私も夫も29歳だ。無理に老けて見られることより、素直に商品の知識を増やすことのほうが大事じゃないだろうか。  そう言っても不機嫌になるだけだから言わない。  黙った私を満足そうに見て、 「この間、母さんが奈月に服買ってくれてたから、それをお披露目できてちょうどいいしね」  と言って眉を上げた。  義理の母のところには、百貨店の外商がお勧めの品物を抱えてやってくる。  そこで私に似合いそうな服を見繕っては、時折プレゼントしてくれるのだ。  この間買ってもらった服と言えば――上品でひらひらとした、パーティーにでも着ていきそうなワンピースだった。  あれを着て、気軽なイタリアンに。  「お披露目」したいのは、服なんかじゃない、「不遇の妻を手厚く扱う僕のママ」でしょう?  私は精一杯の微笑みで、頷いて見せた。 「私も早く着てみたかったの。ちょうどよかった」  夕方、急遽決まった外出のため、私は寝室で着替えをしていた。  寝室はウォークインクローゼットと繋がっていて、そこに私と夫の衣類がまとまっている。  義理の母から買い与えられたワンピースに袖を通す。
/223ページ

最初のコメントを投稿しよう!

905人が本棚に入れています
本棚に追加