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終 あなたの代わり
青を果てまで暗く染め上げたような空の下、そびえ立つ白い塔の下に舞い戻る。
そのままにしていた部屋へも寄り、身支度を整えた。薬は飲んでいないのに、震えも頭痛も嘘のように止んでいる。上昇していく足元にも不安を覚えなかった。
チャイムを鳴らすと、オートロックの解錠から待ち構えていたようにすぐさま扉が開く。土気色の顔をした男性が現れた。
「葉那ちゃん……」
「良かった、戻ってきてくれて――……携帯も置いていくからGPSでも追えなくて、本当に心配しました。怖がらせたかった訳じゃないんです、ただ分かって貰いたくて。ちゃんと謝れたら家に苦情も入れませんし、僕が全部教え直してあげますから……さぁ、早くこっちにおいで」
手首が掴まれ中に引き入れられる、のを後ろから腕が伸びて引き離した。
「誰ですか……?」モニター越しには気付かなかったのだろう、扉越しに目を眇める。姿を捉えると同時、激昂して掴みかかった。
「お前かあっ‼︎」
ボタンが飛ぶ程の勢いで胸ぐらが掴まれるが、彼は微動だにしなかった。ぐ、とその手首を握ると造作なく剥がし、そのまま中に入って扉を静かに閉める。
形相を変えた目の前の男よりも、率直に言って背後の静けさの方が怖かった。
「――霧崎君、約束は守ってね」
きっとこくりと頷くのが気配で分かる。
改めて男性に向き直った。
「沚水さん、婚約は破棄します」
真っ直ぐと。自分でも驚くくらい迷いなく冷静に告げていた。それ以上の言葉も感情もない。謝りたいとも謝られたいとも誰にとも一切の雑音は聞こえずに、まるで霧が晴れたように明瞭な、ただ私の意思があった。
「そ……そんなこと、できません」
震えた声が返っても、揺らぐものは何もなかった。
「薬は……この薬は、僕にしか処方できませんよ。貴女はもう僕の治療なしではいられない」
バラバラと、青い薬が床にばら撒かれる。「さぁ、」と口の片端が引き攣り上がっていた。
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