152人が本棚に入れています
本棚に追加
/130ページ
epilogue.
霧崎邸の門を抜け、挨拶のため二人で洋館へ向かう。
その段下に広がる庭園。しだれ柳の木の下に、黒い背広姿の男性が居た。
「何してるんだ? あいつ」
「きっと、待っていたのよ」
もしかしたら最初から。
「貴方はここで待っていて」
「何で」と不満気な彼を押し留め、唇に人差し指を立て微笑んだ。
「私の事情。」
*
「真次さん。ずっと見守ってくれて、ありがとうございます」
穏やかで多彩な日本庭園に、忽然と色を切り欠く黒のシルエットが際立つ。
男性は読んでいた本をパタンと閉じた。
柳が風を受けその葉先だけが優美に揺れる。
「貴方に誤算なんて、嘘。だって私は、こうまでしないと気付けなかった。手段はちょっと恨みますけど――真実への代償なら、仕方ないですよね?」
「君は私を買い被り過ぎだよ、葉那君」
真次さんは変わらない微笑みを湛えて云う。
「人の数だけ、真実はあるだろう。君は自分で見つけたんだ」
あの日貴方と出会って、私は『私』ではいられなくなった。
否定しなければならなかった気持ちは、でもここに辿り着かせてくれた。
「ずっと、貴方の事が好きでした」
優しくてどこか孤独な人
“霧崎”の仮面を継ぎ、継がせなかった。
あれだけ子の自由を守り抜きあれだけ無垢な人を伴侶にする、それは真次さんの失ったものなのだろうか。
あなたが見せ、私が見ていた
もしあなたさえ「貴方」を演じているのなら
「あなたの真実は、どこにあるんですか?」
ふっと真次さんは微笑んで、手が伸びて、私の頬に触れた。嘘みたいに整った顔、吸い込まれるような黒い瞳と見つめ合う。
庭園が、あの日と同じように鮮やかに色めく。
葉も花も実もその全ての彩りが一つとなって、とても綺麗。
まるでそのまま夢の中へ誘われそうで、目蓋を閉じる。
「離れろ」
開くと何もかも引き戻す白いシャツが目の前にあった。
割り入る彼のそんな威嚇の声にも動じることなく、真次さんは莞爾と笑う。
「ここに在る」
私達を抱き寄せて、とても愛しげな眼差しで答えてくれた。
「私の家族――君達が、私の真実だ」
あたたかくて とても深い
その黒が見えないのは全ての色を包んでいるから
もういいだろ、とぼそっと呟いてから押し離す彼にだって、きっともう伝わっている。
「夭輔、始末は付けて置いたぜ」
「ああ……恩に着る」
「公僕もたまには役に立つだろ?」
「あんたは結構濫用なんだよなぁ。どうせ趣味だろ」
「趣味と言えば、四人分のチケットが取れたんだ。皆で行こう」
「真次さん……覚えていてくれたんですね」
「何の話だよ?」
「あなたに会う前の、話」
「そこは相変わらずかよ……」
「美しい音楽を聴きながら、夭輔とロゼットの寝顔も見れる」
「まぁ」
真次さんは微笑み夭輔はため息を吐いて、私は笑う。
かなわなくて――でもずっとずっと、幸せな結び。
恋や愛や
これが、私達の事情。
end.
最初のコメントを投稿しよう!