End Credit

3/7
152人が本棚に入れています
本棚に追加
/130ページ
   初めて席に着いた時は交際相手と少しの喧嘩中だったらしく、話し掛けてもずっと上の空だった。 『――受け取って貰えた』  しかし仲直りを意味する花言葉のブーケを手渡しに行くようしたアドバイスが功を奏してからは、一転して信頼を得た。お相手は名家の子女らしく、それに見合うような立ち居振る舞いを身に付けたいと言う。  仕事柄並よりは人と成りへの洞察力は付いたと思うが、品の良さと言うのは一朝一夕で身に付くものではない。し、彼には十分それが滲み出ていた。  言葉や食べ方、姿勢に目線――何か一つ取って言えるものではないが共通して思うのは、綺麗で、寛容で、怯むところがない。ホステスとして注意し真似たそれ以上のものを、育ちと分かる自然さで身に付けている。  気付いていようといまいと、既に彼らは同じ“向こう側”にいるのだ。  それに比べれば服装やデート場所、レストランやお酒の選び方、誘い方なんて小手先の恋愛術(テクニック)に過ぎない。それでも、喜んで貰えたと屈託なく笑う顔を見れば役立てるのが嬉しく――  ……ううん  自分の理想の男を作っていくのが堪らなかった。私の言うままに一人の男性が形作られていく。洗練され、思慮深く、一番に思いやってくれて………教授と嘯きデートを叶えていった。その意中の女性より先に―― 「志帆さん?」  ハッとして口元を隠した。歪んだ唇の形を。突然愉悦を浮かべた顔を気色悪く思われただろうか。パン、と手を一つ叩いた。良いことを思いついたと誤魔化すように。 「水族館にはもう行かれましたか?――素敵なエスコートができるよう、ご案内します」  人によって、最も気を引く言葉の鍵がある。賞賛、関心、利益……欲求を探り当て精製して嵌めれば、カチリと心の錠が開く音がする。後は軽く押すだけで容易に扉は開いた。 「きっとでしょう」  嘘。     中毒的に満たされる虚栄心。眉目秀麗な男性を伴って羨望のスポットライトを浴びる。プロポーズも控えた幸せな女に見えるだろうか。毎夜引き立て役に徹してきた心の(おり)がどうしようもなく浮遊し渦巻いていた。  女としての嫉妬、見向きもされない反逆、持ち物を壊したくなる衝動、色んな色が入り混じって、醜い暗色になっていく。  誑かしたって微動だにしない  悔しい 悔しい 悔しい…………  あの人も。この人も。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!