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――志しを帆に立てれば、荒風も力に変えてきっと辿り着く。君に似合う、名前だと思う。
「“志 帆”は、あなたのお父様が付けてくださったんですよ」
海の見えるラウンジテラスで、化粧の剥がれた肌に潮風がひりひりと痛い。
「……映画の字幕翻訳者になりたかったんです。でも就職は全部うまくいかなくて――留学したらきっと変わる、いえ、“失敗”を引き延ばしたくて、初めはツナギだと言い訳して夜の仕事に就きました」
「それが……もうご存知ですよね。帆は薄っぺらでとっくに穴も空いて、港で朽ちていくだけの、馬鹿な女です」
「俺はそう思わない」
彼は言って、メモ用紙にさらさらと何か書いて寄越した。薄黄色の紙が綺麗な英字で埋められている。
「これは……紹介状?」
と言ってもこんな体裁だし、自分の分を弁えればせいぜい語学留学で、こんな名門校じゃ門前払いもいいところだ。それにもう、夢を笑われない歳は過ぎてしまった。だから、でも
「失う程大切なものを持ってから、悩めば?」
「え?」
「――俺が留学を迷った時に言われた言葉。
何であんな断定的なことが言えるんだろうな……。けど、本当に大切なものは自分が前に進むことで失くなったりしなかったし、本当に失いたくないものには悩まない。そういうことを言ってたんだと思う、多分」
夕暮れの中軽くいう言葉は他人事で、日は沈み掛けている。
「……帰って荷造りしたら、未だ間に合うでしょうか」
「さあ。けど、次が一番早い便」
立ち上がった彼に、手を差し出される。
ふふ、と笑ってその最後のエスコートを受けた。
「“見送りはタクシーの扉を開けるまで”で、いいですよ」
「ハイ、先生」
「リカ。私の名前は、沖 理香です。次は――」
いつの間にか忘れていた
あの言葉の続きを思い出した
自分が夢見たきっかけも
流れていく記号の羅列
エンドロールの隅っこに
誰の記憶に残らなくても
自分で自分を見つけられたら
主役でも端役でもなくて
スクリーンの外側から
誰か見つけてくれたら
「エンドクレジットで会いましょう」
す べ て の 人 が
何 ら か の 檻 に
入 れ ら れ て い
る。
し か し 扉 の 鍵
は い つ も 開 い
て い る。
――ジョージ・ルーカス
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