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◆第1章 同居人はラジオパーソナリティー
「今夜も始まりました、ウィークエンドミッドナイトの時間です。こんばんは。日曜パーソナリティのアキこと塩崎彰久です」
梶田大介は目の前のパソコンの画面に表示された、リアルタイムで届くメールを目で追いながら、ヘッドホンから流れてくる、甘さを帯びた癒しボイスに耳を傾けている。
このウィークエンドミッドナイトがローカル局であるABSが制作している番組にしては聴衆率が高いのはメインパーソナリティの塩崎の人気のおかげだ。翌日が仕事や学校だという日曜の夜、午後十一時に塩崎の優しい声を聞きながら眠りにつきたいというリスナーは多いらしい。この声に魅了されているのはリスナーだけではない。きっとブースの外ではラジオ局の社員やスタッフが耳を傾けているだろう。塩崎の声を聞くために自分の仕事の休憩を放送に合わせているスタッフが多いらしい。
三年前、当時、ラジオ局でバイトをしていた大学生の塩崎の声に惚れ込み、上層部の反対を押し切って深夜番組のパーソナリティに大抜擢したのは大介だったが、正直ここまでの人気は予想していなかった。
「今夜もたくさんのメールありがとうございます。ラジオネーム、みーこさんから。『明日は肌寒いそうですよ、アキさんは冬のアウター、片付けましたか?』」
大介はアウターという言葉を聞いて、ふと塩崎の部屋にずっとかけたままになってるダウンジャケットを思い浮かべた。
「あー、クリーニングに出そうと思ってダウンジャケット出したままですね」
顎に手を置き、斜め上を見上げた瞬間、艶やかな漆黒の前髪が放送の時だけかけている眼鏡のレンズに触れて、さらさらと左右に流れた。ラジオで見えないにも関わらず、放送の時はきちっとした襟付きのシャツを着てくるのも真面目で誠実な性格が現れている。アーモンド型のくりっとした目に、スっと伸びた鼻筋、薄くても形のいい唇から成り立つ端正な顔立ちはイケメンと称するにふさわしい。
「四月にダウンはいらないっしょ」
ぼんやりと塩崎の顔を見つめているとアシスタントディレクターの市川が、わざと大介に聞こえるようにつぶやく。もちろんブース内にいる塩崎には聞こえていない。
「まだ寒くなるかもしれんだろ。あいつ寒がりだし」
「いくらなんでもダウンは着ませんよ」
そうかなぁ、と首を傾げると、ブースの中の塩崎がこっちを見ながら頬を緩ませている。大介と市川の会話が想像できたのだろう。
「まだクリーニングに出さない方がいいんじゃないかって同居人さんに言われたんですよね。ほら、僕が寒がりだから」
塩崎の言葉に大介と市川は顔を見合わせた。
「ほらな」
「はいはい」
自分の予想が当たっていて気をよくした大介に、市川はめんどくさそうに相槌を返す。塩崎は番組の中で、スタッフの家に居候していることを公言していて『同居人さん』とのやりとりはしばしば話題に出てきてリスナーにはお馴染みの存在となっている。その同居人というのは大介のことだ。
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